ストラディバリがヴァイオリンの響板に使うスプルースの木を探したのは、主にイタリア北東部にあるヴァル・ディ・フィエンメ渓谷です。この地域はアルプス山脈の一部に属する美しい山岳地帯で、イタリア語で「アベーテ・ロッソ」と呼ばれる針葉樹の森が広がっていました。
このアルプス山系付近で産するスプルースは、アルパインスプルースとかイタリアンスプルースとも呼ばれますが、大きくな括りとしてはジャーマンスプルース、ヨーロピアンスプルース、欧州トウヒの一部です。
ヴァル・ディ・フィエンメ渓谷を含むアルプスでは、雪に閉ざされる厳寒の冬と湿度が低く乾燥した夏という厳しい自然環境により、木目が均質で密度が高く、強度と粘りのある良質な木材が育ちます。その木材の持続的な利用のために、いつ、どの木を、どの辺から、どう切ればいいかといった木こりの知恵の伝承のもとに、計画的に良質な材を生産していた地域だったそうです。
ストラディバリやアマティは、自ら山に足を運び、山の北側斜面で良質な木を探していたという話もあるのですが、北側斜面は日照時間が短く、年間を通して寒く風雪の影響も受けやすい厳しい生育環境なので、渓谷の中でも木は一層ゆっくりと成長し、年輪の幅が均一で目が細かくますます密になり強靭な木材が育ちますから、確かにありそうな話です。
また、ストラディバリが活躍した時代は、15世紀から19世紀にかけての小氷期にあたり、この影響で木の成長が遅く、この点も年輪が密に詰まったスプルース材の生育に好適でした。
このヴァル・ディ・フィエンメ渓谷からストラディバリが居住していたクレモナまでの距離は約200キロメートルですが、渓谷からクレモナまでの木材輸送は、水路を活用した可能性が高いそうです。渓谷から流れる川がポー川水系に合流し、クレモナはポー川に近い位置にあり、木材の大量輸送のため水運の便が良かったのです。
以上のように、小氷期という気候、アルプスの厳しい自然環境、その中でも北側斜面という更に厳しい場所、そこで材木を育ててきた木こりの知恵と伝承、そして木を運ぶ川の存在、これらが、クレモナの楽器製作者たちを支えた材木環境だったようです。
最後に、現在ミラノ・コルティエで開催中の冬季オリンピックでは、ヴァル・ディ・フィエンメ渓谷でノルディックスキー複合やスキージャンプが開催されています。
