海を渡った小型ギターたち

イエズス会 音楽とカテキズム(Catechism) 天正遣欧使節団など

ポルトガルのビオラがブラジルに渡ってビオラ・カイピラ(下の写真のギター)になるのですが、これは16世紀に、イエズス会士によるカテキズムに利用されました

カテキズムとは、キリスト教の基本的な教理の質問を投げかけそれに答えるという問答を行うもので、特に子供や異教徒の宗教教育に有効と考えられているそうです。(冒頭の絵はカテキズムの一場面です)

ポルトガル王室による植民地化計画により16世紀半ばにイエズス会士がブラジルに来始め、その中の一人、ホセ・デ・アンキエータ (José de Anchieta. Anchieta)は、1553年にブラジルに到着すると、土着のメロディや踊りに典礼文を挿入してカテキズムのプロセスを開始します。その成果は現在も残り、例えば、三人の王(foria de Reis)や聖霊(foria do Divino)を奉るフォリア、聖ゴンサルヴェス(S. Gonçalves)の祭礼や舞踏などが残っているそうです。

https://web.archive.org/web/20080820005726/http://www.ivanvilela.com.br/sobre/artigo_caipira.pdf

イエズス会士が布教で音楽を使う例はチリにもあり、1593年、イエズス会士はチリの先住民への布教にCanto a lo Divino(カント・ア・ロ・ディビィーノ=神の歌)を導入し、10番に音楽をつけ、「先住民の言葉」で歌い、キリスト教の教義と、神への詩の母体となる「Bendita sea tu pureza」を広めました。このCanto a lo Divinoは現在もチリの中央部に残り、チリの重要な宗教遺産となっています。

イエズス会は、東洋でも音楽を使った例がかなりあるようで、イエズス会士の主導で行われた天正遣欧少年使節団にも音楽の逸話があります。使節団の少年たちが、ポルトガルに滞在中、大聖堂のオルガンを見事に演奏したことが記録されていますし、1590年に帰国すると、持ち帰った音楽技術と演奏技術をもって、関白秀吉の前で西洋楽器を演奏して見せ、秀吉から3回のアンコールがあったという記録があります。

楽器や音楽の世界的拡散において、イエズス会の存在も重要なポイントのひとつです。

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