ウクレレ豆話

ウクレレの起源はブラギーニャ説をもう一度考えてみた

ウクレレの起源はポルトガル領マデイラ島から来たブラギーニャという定説は本当か。

はい、本当です。大抵の解説にはそう書いてありますし、私もそう書いてきました。

しかし…本当にそれだけか、というのが今日考えたいところです。ブラギーニャ説は次の点が気になるのです。

・ブラギーニャの調弦はDGBDなのにウクレレの調弦はGCEAで左手の指遣いが違う。

・ブラギーニャはソプラノウクレレより更に小さい豆ギターという感じが特徴だが、ウクレレはそこまで小さくない。コンサートウクレレやテナーウクレレの大きさになると同系楽器に見えない。

・ボディシェイプのデザインも、ブラギーニャは19世紀ギターに近い感じだが、ウクレレは18世紀以前のギターの感じを残していて、デザインの基本コンセプトが違うように思える。

こんな問題意識でマデイラ島の5弦ギターのラジャンを見ると、モヤモヤが解消します。

・ラジャンの調弦はDGCEAで、ウクレレはGCEAで、GCEAが共通している。左手の指遣いの変更が少ない。

・ラジャンの大きさは、コンサートウクレレからテナーウクレレとほぼ同じで、大きさの感覚がほぼ同じ。

・ボディシェイプのデザインもウクレレと一見して同じに見える。

というわけで、ハワイに来たマデイラ島の職人たちがウクレレを開発するに際して、きっとラジャンも参考にしただろうと思うのです。小さな4弦ギターという基本コンセプトはブラギーニャによりつつ、内容的にはどちらかというとラジャンに近いのではないかと思います。

☟女性が持っているのがブラギーニャで、男性が持っているのがラジャンです。

さらに言いますと、冒頭の写真のように、ハワイにおける初期の写真では、弦数の異なる大中小のギターアンサンブルで、メロディとリズムの担当を分けながら歌を乗せていくという、いかにもラテン音楽的な構成が垣間見えます。ウクレレの大きさ、弦数、チューニングなどを開発する際には、そういうラテン音楽的な役割分担を考えて内容を絞っていった可能性があると思います。そうすると、より大きな意味では、マデイラ島の音楽体系全体がウクレレの内容の母体になっているのではないかと思います。最初のウクレレ開発者マヌエル・ヌネスが、ウクレレのシールに、inventor of the ukulele and taro patch fiddles(ウクレレとタロイモ畑フィドル達の発明者)と書いたのも、そういう全体的なギター音楽体系の発明を考えていた形跡に見えないでしょうか。

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