あれこれいろいろ

和琴その5 和琴 と アイヌのトンコリ と コサックのシチェプシン(ケメンチェ)

和琴は、アイヌの弦楽器トンコリ(上の写真)と関係があるのではないか、ということが和琴の解説に出てくることがあるので、それについて考えてみます。

トンコリとは、樺太(サハリン)アイヌの弦楽器で、通常五弦であることから「五弦琴」と訳されます(まれに3弦や6弦もある)。樺太のほか、江戸時代には北海道の宗谷地方やオホーツク沿岸地域、天塩(美深)などでも、「カー」の名前でほぼ同じ楽器が演奏されていたようです。松浦武四郎の手塩日誌(1857)には、エカシテカニ宅に寄宿した際にその妻がこれを演奏してくれたことが記載されており、「かきならす 五の緒ごと 音さえて 千々の思いを われも曳きけり」との短歌が添えられています。

トンコリの名称は日本の琴の音の擬声語「トンコロリン」に由来するという説と、満洲語の「テンゲリ」(三弦琴)から派生したとする説があるようです。

トンコリは、シャーマンの祭具のひとつと考えられていますが、娯楽又は教養として樺太アイヌの男女を問わず演奏するものでもあったようです。開放弦のまま5本の弦を両手指ではじいて鳴らす単純な演奏方法です。

トドマツやイチイなどをくりぬいて共鳴胴を作り、その上に板を張り、クジラ、シカの腱やイラクサの繊維などで作った弦を張ったそうです。下の動画の金谷さんの話を聞くと、昔は板がなかったので表はトナカイの皮を張っていたという話もチラリと出てきます。

トンコリの各部には人体の名称が付けられていて、胴の表面下部の弦をしばる部分には、アザラシの皮を張り、トンコリの中にはガラス玉などが入れられていて、トンコリの魂と考えられました。これはトンコリが生き物で、その発する音は声であるという考えからきているそうです。

現代ではアイヌ以外にも愛好者がいて、ギターに挫折した人でもトンコリなら弾けたとか、両手の指で自由に弾くだけで心地よく音を響かせることができる、ということでファンが増えてきているようです。

では、トンコリの音をどうぞ。樺太アイヌの最後のシャーマンとも言われる金谷フサさんと白川八重子さんの話と演奏です。

さてそこでトンコリと和琴の関係はいかに。確かに細長い形状と撥弦楽器であること、両手指で弦をはじくところ、弦の数などは和琴に似ています。和琴は青森県の遺跡からも発掘されているので、北海道に渡った可能性はあります。

しかし、トンコリの起源はコーカサスのシチェプシン(Shichepshin)だ、という論文を北海道大学アイヌ・先住民研究センター准教授丹菊逸治さんが紹介されています。コーカサスとは樺太から1万キロも離れているこちらです。

シチェプシンを弾く迫力の白髭氏。コサック?☟

下はその論文のシチェプシンとトンコリの変化説明図。弓がなくなり、ペグの位置が変わり、弦が3本増えたという説明。☟

コーカサスから樺太(サハリン)まで17世紀にはキャラバンのルートがあり、実際1648年にはヴァシリイ・ポヤルコフ率いるコサックがアムール地方を経由してサハリンに来ているそうで、中国とロシアの条約の関係でこのルートが失われるまでの41年間(1648年~1689年)の間にシチェプシンが樺太にもたらされ、最初は弓で弾く擦弦楽器であったのが弓の材料となる馬の毛の入手が困難になるとともに、指で弾く撥弦楽器に姿を変えてアイヌの民族楽器として定着したという仮説です。この仮説ならトンコリが18世紀になって突然文献に登場しはじめる理由も説明できるということでした。

トンコリは和琴の親戚かと思ったら、すごい話になってきました。

コーカサスのシチェプシンをさらに調べてみると、これと同様の楽器が、黒海のケメンチェ(Kemenche)他の名前で、トルコ、ギリシャ、アルメニアなどでかなり広く使用されていることがわかりました。ケメンチェの名前の方が世界的に有名なようで、演奏動画もたくさん見つかります。下の写真はケメンチェの写真ですが、これを見ると、確かにアイヌのトンコリはこれの親戚のように感じられます。全体デザインがよく似ています。ヘッド部の形状、ボートのような胴、先端が細くなっていくこと、楽器の斜めに持つ構え方など、共通点が多数あります。

ケメンチェの音はこんなです。☟

というわけで、トンコリの原型は、トルコ、ギリシャ、アルメニア、コーカサスにあるシチェプシンやケメンチェで、それをコサックが樺太に持ち込んだ可能性がありそうです。

では和琴は全く無関係かというと、そうとも言い切れないかもしれません。バイオリンのような擦弦楽器を琴のような撥弦楽器にして弦の数も増やしてしまった発想の背景には、当時和人が持っていた琴のイメージが重なっていなかったとは言い切れないからです。トンコリの音が言葉であるとアイヌが考えたというところにも、和琴との類似性があります。

昨日の和琴の話といい、今日のトンコリの話といい、日本の伝統楽器が想像以上に遠いルーツがありそうな話になり、どちらもアラブ、トルコ、アルメニア、ギリシャなど、似たような地域の名前が出てきたので、調べながら驚きの連続となりました。