尋常小学唱歌では、日本の歴史人物や歴史エピソードが取り上げられています。それらを集めると全15曲。そのうち男性主役が14曲、女性主役が1曲のみ。また全15曲中戦いの様子や戦場の美学を扱ったものは10曲。
第一学年「牛若丸」牛若丸の弁慶との身軽な戦いぶり
第二学年 「二宮金次郎」孝行勤勉倹約など、「仁田四郎」猪との豪勇な戦い、「那須与一」源平合戦での弓の手腕
第三学年 「鵯越」義経の大胆で奇想天外な戦いぶり、「豊臣秀吉」秀吉の日本統一と朝鮮征伐の晴れがましさ、「川中島」川中島の戦いに思いをはせる
第四学年 「曽我兄弟」父の敵討ちを成し遂げるまでの様子、「八幡太郎」武勇で有名な源義家の戦場での歌心
第五学年 「加藤清正」目を見張るような戦いぶり、「菅公」晩年の不遇のあわれ、「三才女」三人の和歌の世界、「斎藤実盛」老齢武者の気品ある戦いぶり、「大塔宮」足利尊氏から逃れ行く姿
第六学年 「児島高徳」後醍醐天皇奪還をめぐる漢詩のやりとり
最後の三才女のみが和歌の名手としての女性(紀内侍、小式部内侍、伊勢大輔)を主役としていますが、他の14曲は男性を主役としており、当時の政府は女性の歴史的役割に無関心だったと言わざるを得ません。内容も戦場での行動様式や美学に偏っていて、男子の兵士教育が主眼のように思われます。
ちなみに、尋常小学唱歌を製作した顔ぶれを見ると、「作詞委員」は、吉丸一昌(作詞委員会代表)、富尾木知佳、乙骨三郎、武笠三、高野辰之、島崎赤太郎、「作詞委員顧問」は、芳賀矢一、上田萬年、吉岡郷甫、「作曲委員」は、島崎赤太郎(作曲委員会代表)、岡野貞一、上眞行、楠三郎、南能衛、小山作之助となっており、女性名は見当たりません。
男女両方の教育のための唱歌を作るのに、女性がひとりもいないのはやはり異様です。もし製作委員に女性が半分いたならば、男性的戦いの美学ばかりが強調される傾向にも歯止めがかかり、唱歌全体の内容も別のものになっていたかもしれません。そのとき日本の歴史も異なるものになっていた可能性もありそうです。