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ロシアのグースリか出てくる話

さて、フィンランドのカンテレ、ラトビアのクアクレ、エストニアのカンネルとそれらに関係する神話や説話を書いてきたので、ロシアのグースリ(gusli)にも何かそれらしい話はないだろうか、ということで見つけたのが、次の動画の下に掲載した「ひとりでに鳴るグースリ」というロシアの民話です。

 

「ひとりでに鳴るグースリ」 ロシア

昔むかし、あるところに、お百姓と息子が暮らしていました。息子の名前は、ワーニカといいました。
夏になると、お百姓は、畑をたがやして、かぶの種をまきました。かぶはみごとに育って、びっくりするほど大きくなりました。お百姓は、大よろこびで、毎朝、畑いっぱいのかぶをながめました。
ところが、ある日、お百姓は、かぶが少しずつ盗まれているのに気がつきました。そこで、ワーニカに、畑を見張るようにいいつけました。
「さあ、行って、かぶをようく見張っているんだぞ」
ワーニカが畑に来てみると、ひとりの男の子が、かぶをぬいていました。男の子は、かぶをふたつのふくろにつめると、「どっこいしょ」と肩にかつぎました。けれども、かぶがあんまり重いので、足元がふらふらして、すぐにどさりとふくろを下ろしてしまいました。男の子は、ワーニカを見ると、
「ねえ、たのむから、ふくろをうちに運ぶのを手伝ってよ。おじいさんからお礼をもら
えるよ」といいました。
ワーニカは、あっけにとられて立っていましたが、
「ああ、いいよ」と答えました。そして、かぶのふくろを肩にかついで、男の子の後からついて行きました。男の子は、ワーニカの前を跳びはねながら、いいました。
「おじいさんは、毎日ぼくにかぶを取りによこすんだ。あんたがかぶを運んで行ったら、金や銀をうんとくれるっていうだろう。でも、そんなものは断って、ひとりでに鳴るグースリがほしいっていうんだよ」
まもなく、一軒の小屋に着きました。部屋のすみに、ひたいにつのを生やした白髪のおじいさんがすわっていました。ワーニカがあいさつをすると、おじいさんは、かぶのふくろを運んでくれたお礼にといって、ちいさな金のかたまりを差し出しました。ワーニカが手を出そうとすると、男の子が小さな声で、
「もらっちゃだめだよ」とささやきました。ワーニカはおじいさんに、
「それはいらないよ。それより、ひとりでに鳴るグースリをおくれ」といいました。すると、おじいさんは、目が小指の長さほど飛び出し、口は耳元まで開き、ひたいのつのがぴくぴくと動きました。男の子が、
「おやりなさいよ、おじいさん」といいました。おじいさんは、ワーニカにいいました。
「しかたがない。グースリはくれてやるが、そのかわり、おまえの家の中で一番大切なものをもらうからな」
ワーニカは、
(うちのぼろ家に、大切なものなどあるものか)と思って、
「いいよ」と答えました。そして、グースリをもらって、帰って行きました。
家に着いてみると、敷居の所におとうさんがすわっていましたが、もう息をしていませんでした。家で一番大切なものというのは、おとうさんのことだったのです。ワーニカは、泣きに泣きました。そして、お葬式をすませると、幸せをさがしに旅に出ました。やがて、大きな町に着きました。ワーニカは、ぶた飼いの仕事にありついて、毎日、ぶたをお城の前の野原に連れて行きました。ワーニカがグースリを手に取ると、グースリはひとりでにすてきな音楽を奏ではじめ、ぶたの群れがのこらず踊りだしました。
ある日のこと、お姫さまが、お城の窓辺に腰をかけて外を見ていると、ぶた飼いが、野原の切株にすわって、ひとりでに鳴るグースリを鳴らしていました。その前で、ぶたたちが楽しげに踊っていました。お姫さまは、あの子ぶたをいっぴきでいいからほしいと思いました。そこで、召し使いを使わしました。ワーニカは、召し使いに、
「子ぶたをほしいなら、ご自分でいらっしゃいと伝えてください」といいました。
お姫さまは、自分で来て、いいました。
「わたしに子ぶたをいっぴき売っておくれ」
「わたしのぶたは、売り物じゃありません。ちょっとわけがあるんです」
「どんなわけなの」
「じゃあ、お姫さま、どうしても子ぶたをほしいなら、あなたの足を、ひざの所まで見せてください」
お姫さまは、よくよく考えたすえ、あたりにだれもいないのを見すまして、スカートのすそをひざの所まで上げました。
「さ、子ぶたをちょうだい」
ワーニカが子ぶたをいっぴき渡したので、お姫さまは、喜んで子ぶたを抱いて帰りました。そして、お城の楽隊の音楽に合わせて、子ぶたを踊らせようとしました。けれども子ぶたは、部屋の中を、あちらのすみ、こちらのすみと、走り回るばかりで、ちっとも踊りませんでした。
まもなく、王さまが、お姫さまを結婚させようと思いました。そこで、国じゅうの若者をよび集めました。よその国からも、王さまや王子さまや、商人や、百姓がやって来ました。王さまはいいました。
「姫のかくされた目じるしを言い当てた者があれば、姫と結婚させよう」
ところが、だれひとりとして、お姫さまのかくされた目じるしを言い当てることができません。どれほど頭をしぼってあれこれ調べても、さぐり出した者はいませんでした。
とうとう最後に、ワーニカが呼び出されました。ワーニカはいいました。
「お姫さまの右足に小さなほくろがあります。それが目じるしです」
「よく言い当てた」と、王さまはいいました。そして、すぐにワーニカとお姫さまを結婚させました。
ふたりは、一生幸せに暮らしましたとさ。
おしまい

資料『ロシアの民話下』中村喜和編訳/岩波書店

どこを取っても理屈に合わないところが、かえってこの話の魅力でしょうか。

ワーニカは父親からかぶ泥棒を見張れと言われたのにかぶ泥棒を手伝っちゃうし、ぶた飼いの仕事のときはぶたを姫様に勝手に渡しちゃうし、仕事のモラルなし。しかもその結果として、かぶ泥棒の黒幕のおじいさんと取引して父親は死んじゃうんです。後半では姫様にぶたが欲しければ自分で見に来いとか、ぶたが欲しければスカートを上げて見せろなんて、なんて失礼で恥知らずな! その結末が、姫様と結婚できて幸せに暮らしましたとさって、どういうこと? グースリはひとりでに鳴ってくれて、ワーニカは弾きもしないという最小の努力すらしてないのに。 という突っ込みどころしかないこのお話ですが、ここまで理屈に合わないと、なんだかすごく面白い。

ここまで理屈に合わないのは常識とは別体系の理屈に乗っているからにちがいない、ということで、この民話の意味を結末から逆算してさかのぼって考えみました。すると次のような感じかなと思うのですが、いかがでしょう。

王国のお姫様と結婚できた=この世を支配する力の継承者となった ということ。

誰も知らなかったお姫様の足のほくろ=この世の最も奥にある隠された秘密

グースリ=お城の壁に囲まれ、兵士に守られて近づけないお姫様、そのスカートの中、という何重に囲まれた秘密を開示する鍵になったもの

秘密を開示する鍵=自分の一番大事な父親の命だけが引き換えになるもの

父の命と交換する権限を持つすツノが生えたおじいさん=冥界の支配者

冥界の支配者が毎日男の子にかぶを取りによこさせる=この世から毎日命が奪われていくという生命循環原理

かぶを毎日少しずつ盗んでいく男の子=冥界から派遣されてこの世の命を取りに来る者

かぶを見張るように言われたワーニカ=この世のいのちを見張る者

という位置づけに再構成できそうです。

この世の生命を見張ろうとしていたワーニカは、この世から命が消えていく生命循環を止めることはできなかったのですが、その循環を手伝うことはできました。その結果父の命と引き換えにこの世の秘密の扉を開ける鍵グースリを得ます。この世を秘密の鍵は冥界の主が保持していたのです。そしてこの鍵を冥界の主から渡された者にはこの世の最奥の秘所に隠されていた秘密が開示されます。そしてその秘密を知った者は、この世の王国の継承者となり永遠の幸福を得ます。

という話ですね、絶対。

しらんけど。

というわけで、ロシアのグースリは、この世の最奥の秘密の扉を開ける鍵です。そういう楽器だというこで、めでたしめでたし。