フィンランドのカンテレ、ラトビアのクアクレ、エストニアのカンネル、ロシアのグースリと書いてきたので、リトアニアのカンクレスのことも調べてみました。
この楽器の初期の記録は、1546年ジギマンタス・アウグスタス公爵の会計係の帳簿の記載と、J. Bretkūnasの翻訳聖書(1579-90年)の写本ですが、元々の起源は鉄器時代よりもはるか以前から広く知られていました。
カンクレスは主にリトアニア北部と西部のナルヴァ文化圏、つまりセルジ人、セミガリアン人、サモギト人、キュロン人の領土で発見されていて、他の地域にはありませんでした。下の地図の色付きのところがリトアニアですが、フィンランドのカンテレ、ラトビアのクアクレ、エストニアのカンネル、ロシアのグースリ、そしてリトアニアのカンクレスが、あるまとまった地域の中で分化していることがわかります。
伝説によると、キリスト教化される前の信仰の高僧たちが、リトアニア人の進軍を称える儀式や、神々のために生贄を捧げる儀式、礼拝の義務を果たす儀式で、カンクレスを演奏していたと言われています。カンクルスの音楽には、さまざまな悪から身を守り、死から身を守る力があると信じられていました。カンクレス音楽は、結婚式や洗礼式、収穫祭、葬儀、踊りなどで演奏されていました。またカンクレスは、夜明けや日没時に演奏されたそうです。闇と光が入れ替わる時間は神聖な時間と信じられていたからです。このエピソードは、新海誠監督の映画の「君の名は」に出てきた「かたわれ時」の発想と似ていますね。しかしかたわれ時はこの映画の造語で辞書には出ていません。日本語の辞書にあるのは、夜明け前のこの時間をさす「かはたれ時」と日没時のこの時間をさす「たそかれ時」。光と闇が入れ替わる間の時に注目するというのは、リトアニアと日本に共通する感覚があるのかもしれません。それから家族の死後に木が伐採されてカンクレスが作られ、カンクレスの形や色が棺桶や儀式を連想させ、死者に対する崇拝の観念に関連するそうです。弦の数はマジックナンバー(5、7、9、12)に対応し、太陽、光、その他の宇宙論的シンボルの装飾があります。
キリスト教が入ってきてからのカンクレスは、原始宗教的意味がなくなり、単なる楽器としてのみ残りましたが、19世紀末、民族運動の発展とともに、カンクレスが活発に再興する動きになって、現在もリトアニアで愛される楽器となっています。
参考
https://web.archive.org/web/20100225212830/http://discovery.ot.lt/cfair2000/kankles/a_kankle.htm
http://www.ltinstrumentai.lt/en/instrumentai/styginiai/kankles/
https://www.vle.lt/straipsnis/kankles/