あれこれいろいろ

「秘曲の伝授」というこの日本的なもの

代々の天皇が雅楽の楽器の「秘曲の伝授」を受けた記録がたくさんあります。楽器の教習がある段階に達して、機が熟したと見るや、「時が来た!」という感じで、秘密の曲が師から弟子に特別に伝えられる日が設定され、伝授の事実が重要なこととして記録されます。

天皇への秘曲伝授が最も多く見られる楽器は琵琶です。琵琶の秘曲として有名なのは、「石上流泉」「上原石上流泉」「楊真操」「啄木」など。琵琶の秘曲全部の伝授を受けたとされるのは、清和天皇、村上天皇などが最初で、その後、後鳥羽上皇のときから琵琶の秘曲伝授が一層重要視されるようになり、以後は順徳天皇、後深草天皇、亀山天皇、伏見天皇、後醍醐天皇、光厳天皇、崇光天皇、後村上天皇など秘曲の全部又は大部分の伝授を受ける天皇が次々と現われます。特に後醍醐天皇は琵琶のほかにも笛の秘曲、催馬楽の秘曲、神楽の秘曲などの伝授も受けており、あたかも秘曲伝授コレクターのよう。後醍醐天皇に続く光厳天皇や崇光天皇になると、天皇自身が琵琶の師となって弟子に秘曲を伝授する側に立つようになり、天皇家=琵琶の家の中心という様相になります。その後、南北朝の対立と室町幕府の成立を背景に天皇の楽器が笙の時代に移り変わると、後光厳天皇からは笙の秘曲「陵王荒序」の伝授を受けることが重視されるようになります。

それにしても、この「秘曲の伝授」って、なんなんでしょう。現代の楽器教育の現場でも、腕前が上がるにつれて難しい曲を教えてもらえるようになるわけで、最初からどんな曲でも教えてもらえるわけではありません。しかし、「秘曲の伝授」というのは、そんな楽器の腕前と曲の難易度の相関関係では説明できない概念を多く含んでいます。

どうして曲を秘密にする必要があるのか、どうして特定の人にしか教えてはいけないのか、どうしていつでも教えてはいけないのか、どうして口伝で受け渡す必要があるのか、この神秘のベールに包まれた感じには宗教的なイニシエーション(通過儀礼)の匂いが強くあります。

つづく

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