ちょっと古い調査ですが、中部インドのカジュラホという人口3000人の村で、内900人が被差別カーストに属し、その内500人がチャマール(動物死体処理・皮革)、200人がコーリー(職工)、75人がバソール(芸能・竹細工・産婆)、60人がマハール(清掃)であったということで、被差別民比率の多さ、その職種内訳が日本の平安時代末期ころの被差別民とよく似ていることなどに驚かされます。ちなみにこの被差別民の中での個々の分類をジャーティと言います。
音楽などの芸能者はこの75人のバソールの一部なわけですが、その仕事は、村の祭礼、結婚式、男子が生まれた時の儀式、そして大道芸などです。
異なるカースト同士の結婚は禁止され、非差別民の中でも、ジャーティが異なればやはり結婚しないそうで、つまり、芸能カーストは永遠に芸能カーストに固定されるという社会です。
このように先祖代々子々孫々まで音楽芸能を継承するという仕組みから独特の音楽性が育まれ多くのすぐれた芸術家も排出するのですが、しかし社会の中で永続的に差別され、そこから出る自由も、そこに外から入る自由もないという不合理。
インドの芸能文化は、ジプシーなどで西洋にも波及していきましすし、日本の伝統音楽芸能にも影響が見られます。この音楽と差別の関係のことが、なんだかずっと気にかかっています。
参考・アジアの聖と賎 野間宏、沖浦和光著 人文書院