クラシックギターやアコースティックギターの表板(響板)の材木には、スプルース(マツ科トウヒ属、日本ではベイトウヒともいう)がよく使用されますが、中でもシトカスプルースは、北米西海岸アラスカからカナダ西海岸、カリフォルニア州北部に自生する樹種です。シトカスプルースは、私も、ルネサンスギターやビウエラを製作するときに使っています。シトカの名の由来は、アメリカアラスカ州バラノフ島西岸にあるシトカ市郡(City and Borough of Sitka)の地名から来ており、先住民族クリンギット族(又はトリンギット族)の言葉で「海のほとりの人々」という意味の「シーアテッィカ」(Shee At’ika)が元々の意味です。

このシトカの町について、写真家・探検家・著述家の星野道夫は著作の中で次のように書いています。
「シトカは、1808年から59年間、ロシア領アラスカの首都として栄えた由緒ある古都。当時北米西海岸で最も早く開けた港町で、太平洋のパリと称えられていた。今でこそその栄華は消え失せたが、氷河を抱いた山々、深い森、そして無数の島々に囲まれ、絶えず雨に煙る夢のように美しい町である。そしてここは、かつてトーテムポール文化を築き上げたインディアン、クリンギット族、ハイダ族の世界でもあった」 「南東アラスカの町、シトカは、森と氷河に囲まれ、いつもしっとりと、雨に濡れた夢のように美しい町である。フィヨルドの入江には時おりザトウクジラが現れ、のんびりと潮を吹いている姿が小さな町の通りからさえ眺めることができる」「森も、氷河も、クジラも、太古の昔と何も変わっていない。そんな風景が、この土地で暮らす人々の精神世界にも不思議な風を送りこんでいるような気もした。シトカは、いつの日か住んでみたい、憧れの町である」(星野道夫著作集4 より)
また星野は、シトカを含む南東アラスカの成り立ちについて、このように書いています。
「地球的な時間から見れば、ここ(南東アラスカ)はまだ新生の大地。最後の氷河期、洪積世が終わるわずか一万年前まで、南東アラスカは厚い氷に覆われていた。やがて氷河はゆっくりと後退しながら無機質な大地を露出させ、いつのまにか原始的な地衣類が最初に根を下ろしてゆく。木の遠くなるような植物遷移のスタートだ。そしてさまざまな植物の時代をへて、今、南東アラスカはトウヒやツガの森の時代に入っている。(改行)うっそうとした森に足を踏み入れると、昼間だというのに、あたりは夕暮れのように暗くなる。びっしりと苔に覆われた緑世界から、かつてここが氷河だったことを想像するのはむずかしい。所どころに見る幽霊のような樹々は、以前この森を形づくっていたハンノキの朽ち果てた姿だ。そう、森は動き続けている」 (星野道夫著作集4 より)
星野は、このシトカで出会ったクリンギット族のストーリーテラーの男ボブとともに、クイーンシャーロット島のトーテムポールを巡るスピリチュアルな旅をシトカから始めます。
シトカの町☟


クイーンシャーロット島(上掲地図の右下隅に端っこがわずかに見える島)☟


こんなのが、普段ギターでその響きを聴いているシトカスプルースの背景にある原風景なのです。