人類代表「ねづっち」 vs 生成AI の謎かけ対決 というのがありまして、結果は、謎掛け芸人ねづっちの圧勝。
謎かけというのは、
『<A>とかけまして、<B>と解きます、そのこころは<C>です』 という、あれです。
まずは、その対決動画をどうぞ。
関連がなさそうな二つのワードAとBを提示して聴衆を謎に引き込み、AとBの関連を解きあかすCによって謎解決のカタルシスを生むお笑いです。解決ワードCが、意味や音の重なりによってAとBをつなぐのですが、予想を超えるワードCが飛び出すことによって、より大きな期待が満たされ、大きな笑いが起こります。
これって、どこか音楽的な感じがないでしょうか。音楽の中にも「解決」という概念がありますね。音楽における解決については、ウィキペディアに次のような文が掲載されています。
不協和音は協和音へ移行したとき解決される。解決が引き延ばされたり、思いがけないやり方で達成されたとき – 作曲家が聴衆の期待を弄ぶとき – 劇的な緊迫感がもたらされる。
—Roger Kamien(en)(2008)
謎掛けも、AとBの関連性不明のワードで生まれた不協和を、Cが一気に協和に転換するところが似ています。芸人は巧みな話芸で観客の期待感を弄び、劇的効果を上げています。
また、謎掛けは、ソナタ形式の提示部・展開部・再現部にも似た感じがあります。謎かけのワードAとBが複数の主題を提示する提示部で、解決ワードCが再現部。AとBの関連を探して観客の思いがさまよいますが、その彷徨の過程が展開部。観客に「そのこころは」と叫ばせるのは、観客の心に様々な展開部を引き起こすための大切な過程になっています。こんなふうに考えると、謎掛けはソナタ形式と同じかも、と思えてきます。
動画の最後の方で、ねづっち圧勝の理由が明かされています。謎かけを作るシステムが違っていて、AIは「A→B→C」の順で考え、ねずっちは「A→C→B」の順で考えていました。AとBのふたつの情報を比較したAIは、AB共通の要素を検索してCを導いたのにのに対し、ねづっちは、Aから連想されるCを見つけて、Cを説明するBを導き出していたのです。音楽のソナタ形式も、聴衆は提示部→展開部→再現部の順で鑑賞しますが、作曲家は提示部→再現部→展開部の順の方が作曲しやすかったりするのでしょうか。実際ベートーベンなどは、まず葛藤があって、次に葛藤が消えた理想や勝利のイメージがあって、両者をいかにつなぐかに奮闘した人生と音楽だったように思えます。
ねづっちから思いがけなく話がベートーベンに広がりましたので、ここで自作の謎掛けをひとつ。
『ベートーベンが好き? と掛けて それともほかの誰かが好き? と解く その心は 好きなのはソナタ(そなた=其方)』
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さて、今回の対決は生成AIの負けでしたが、AIはどんどん進化するので、ねづっちのシステムを超えてくるのはきっと時間の問題。次のsiriとの謎かけ対決は、siriがなかなかいい味を出しています。
今回の対決で謎掛けAIを試作した先生が、今後はAIと人間(芸人)の供創関係にトライしたいと動画の中で言っていて、音楽の世界でもその流れはきっと起きてくることでしょう。そこでまた自作謎掛けをひとつ。
『人とAIの競争 と掛けまして 人とAIの供創 と解きます その心は 人とAIの協奏になるでしょう』
<(_ _)>