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イエズス会 カトリックの儀式と音楽

16世紀半ばころまでのカトリック教会は様々な儀式でいっぱいで、その儀式には音楽がふんだんに盛り込まれており、これに初めて接した当時の日本人は、音楽でいっぱいの宗教がやってきたというふうに感じたかもしれません。

そこでこの頃のカトリックには一般的にどんな儀式があったのかを見てみますと、まずカトリックの儀式の中心は、神への祈りを捧げるミサです。ミサには、主日(日曜日のこと)のミサ、祝祭日のミサ、聖人のミサなどがあり、一年を通して多くのミサが執り行われます。ミサの中では、共通的な詞(通常文)の聖歌として、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュス・デイが歌われ、祝祭毎に固有の詞がある固有文として、グラドゥアーレ、アレルヤ、セクエンツィアなどが歌われます。

ミサに並んで重要視されているのが、聖職者の日々の祈りの務めである聖務日課で、日に8回一定の時間に集まって定時課と呼ばれる祈りの日課を行います。定時課は順に、朝課、賛課、一時課、三時課、六時課、九時課、晩課、終課で、定時課の中では、祈りや聖書朗読のほか、詩編、カンティクム(聖書の詩編以外に出てくる喜びの歌)、賛歌などが歌われ、日によって歌われる内容や旋律は異なります。

また、祝祭や葬儀などのときに、列を組んで移動する行列(プロセッション)が度々行われ、その際に目的に応じて様々な聖歌が歌われます。

さらに、教会の内外で盛んに宗教劇(聖史劇、ミステリヨ)が上演され、とりわけ降誕祭、復活祭などの重要な祝日には、数日間にわたって上演が続くこともあります。この劇は音楽劇で、演者が主たるセリフや聖書の句を独唱したり、背景で聖歌隊が歌ったり、セリフを交互に歌い合ったりし、大規模な劇では、聖職者や聖歌隊ばかりでなく、地域の人も身分の別なく劇に参加したりもします。

以上がカトリックの主たる儀式ですが、そのほか、日本に設置されたセミナリヨでは、音楽が重要な正科に位置付けられ、歌や楽器演奏が毎日熱心に学ばれていましたし、日本の少年らにキリスト教の教理を教えるときには教理を日本語に翻訳して歌として覚えさせる教育法が重視され、教理全部を歌うのに日に一時間以上かかり、やがて教理を歌い覚えた子どもたちの歌声を通して、町の人々も口ずさむほどになったということです。

このように、一年を通して朝から晩まで音楽漬けのようです。

イエズス会の布教の中心となった九州から山口は、大友、島津、龍造寺、大内、秋月などが割拠して九州制覇をかけて戦乱が繰り返されていました。その止むことのない戦乱の中にあって、音楽と敬虔な言葉に浸る日々は、あたかも桃源郷に迷い込んだかのように思われたのでしょうか。

参考 ・洋楽伝来史 海老澤有道

・音楽面からみるイエズス会の東洋宣教 深堀彩香

 

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