ルネサンスギター

床屋とルネサンスギター

中世以降のヨーロッパの床屋の仕事は、髪を切り髭を剃るばかりでなく、瀉血、抜歯、傷の手当、手足の切断、骨折治療、痔瘻の切除など、外科医的な仕事も兼ねていました。医者は刃物で血を出すような荒仕事はせず、普段から刃物を使い慣れている床屋がやるという流れが自然に生まれたようです。また床屋という場所は、当時の男性社会の情報交換や公的意見表明の機会を提供し、アイデンティティ形成の場になる側面もあったそうです。

そして中世以降19世紀ころまで、床屋にはギターが常備されていることが珍しくありませんでした。古い床屋の絵画には、ギターが壁にかかっていたり、待合の人がギターを弾いていたりするものが複数見つかります。

そして、16世紀のスペインの床屋とルネサンスギターの組み合わせが、有名なセルバンテス Don Miguel de Cervantes Saavedra (1547-1616) の文学作品に数多く描写されています。

例えば、セルバンテスのLa guardaという作品では、理髪師とその部下がギターを弾きながら歌って婚礼の儀式を執り行い、La cueva de Salamanca という作品では、理髪師のギター伴奏で聖職者が歌って話が終わり、La Entretenidaという戯曲の中では、理髪師がギターの見事な腕前と見事なダンスを披露します。

また、同時代のスペインの小説家マテオ・アレマン(1547-1614)も、理髪師とギタリストの組み合わせに小説で触れ、Guzmán de Alfarache”の中で、「医者が手袋や指輪なしに通ることはないし、薬屋がチェスなしに通ることはないし、床屋がギターなしに通ることはない」と書いています。

さらに、Don Francisco de Quevedo y Villegas (1580-1643)もまた、 “Los Sueños “という作品の中で、「地獄の理髪師の悩みはギターを弾くことができないことだ。…自然な熱意でギターを弾こうとすると、ギターが彼から逃げてしまい、これが彼らの悲しみだった」と書いています。

このように16世紀スペインでは、ルネサンスギターは必ず床屋にあって、理髪師といえばギターを弾いてるもので、床屋の客もギターを弾いて待つもので…という風景がひとつのステレオタイプとしてあったようなのです。

非常におもしろい、と思うのは私だけかもしれませんが、ルネサンスギターが16世紀スペイン社会に深く根をおろしていた様子がうかがえます。

 

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