こちらの動画は琉球大学教授の玉城絵美さんによるTEDの発表。コンピューターを使った体感共有の未来を作る技術のひとつ、possessedhandを紹介しています。音楽にも大きな変化をもたらす可能性がありそうです。
この動画ではコンピューターから筋肉に直接情報を入力することで指を動かし琴の演奏をする試みの画像が少しだけ出てきます(演奏音はありません)。
possessedhandというワードは、支配された手とか憑依された手とかいう意味ですが、この技術がめざす主眼は人の手を支配することではなく、コンピューターからの情報で指を動かし「体験」を得るということにあります。この発表者の玉城さんは、「体験共有」の研究者です。
人の体験は一般に視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感によって得られると言われますが、実は人の感覚は数え方によって20~50くらいもの感覚が他にもあるのだとか。たとえば、バランスを保つ平衡覚、空腹感や尿意などの内臓感覚、皮膚の温冷覚や圧覚や痛覚、そして深部感覚の重量覚、抵抗覚、位置覚、深部痛覚など。特に、押す、叩く、持つなど世界に能動的に作用しようとするとき重要になるのが、この深部感覚(固有感覚という)で、たとえば落ちてくるリンゴを手に取ったときの重みと抵抗の感じや手とリンゴの位置関係の感覚を担うのがこの固有感覚で、これが「体験」として重要になるわけです。
これまで名演奏家の器楽演奏を、耳で聞いて、目で見て、コンサートに出かけて場の空気に触れても、演奏体験そのものは得られませんでした。受動的に五感に触れてくる感覚は共有できても、能動的な体験の固有感覚は共有できませんでした。そこに人のコミュニケーションの限界がありました。
玉城さんは、その限界を超えて、人の体験の固有感覚の情報をコンピューターを介してインプットアウトプットの循環を作ろうとしているようです。その循環を人と人、人とアバター、人とロボットなどの間で作る仕組みがどんどんできつつあるようで、そのひとつがpossessedhandです。手の感覚のほかに、顔の感覚、さらにその先へと広がっていくようです。
音楽の話に戻すと、たとえば名演奏家の演奏体験を体感として観客が共有するようになったら、音楽の聴衆はもう単なる受動的な存在ではなく、演奏者の意識と重なって音楽を楽しむことになります。また楽器の初心者がプロ演奏者の指使いを体感できるようになったら、楽器の学び方も変わるでしょう。昔の職人が、「体で覚えろ!」と弟子を厳しく指導したようなことが、いとも簡単にできてしまいます。
そう遠くない未来、音楽体験の密度が大きく変わってくる可能性がありそうです。そうなると、音楽という概念も別の次元に飛躍して変容していくかもしれません。
参考・「BODY SHSRING 身体の制約なき未来」 玉城絵美著