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「歌垣」1 古代の恋の歌の掛け合い 

古代日本には、「歌垣」という恋の歌の掛け合いがありました。山や市に男女が出てきて、交互に歌い合って結婚や恋愛の相手を探すのです。何時間も、夜通し朝まででも歌い合います。小鳥が山でさえずり、気に入った相手が見つかるまで鳴き交わすように。

古事記、万葉集、風土記などに歌垣の記録があり、8世紀の常陸国風土記には筑波山で行われたことが出てきますが、そのころ以降日本の歌垣はすたれ、いつしか消えてしまいました。しかし、万葉集の贈答歌や、平安貴族男女の短歌を送り合う習慣に通じるものがあり、日本文学に与えた影響は大きいと言われています。

古代の歌垣が実際にどのように行われたかを知る手がかりが中国の少数民族にあります。白族、壮族、ミャオ族、トン族など、中国には今なお同様の習慣が残っているところがあって、中でも白族(ペー族)には、最も自然な形の民衆的な歌垣(中国語では「対歌」という)が今もあって、古代日本の歌垣との類似性が多くの研究者から指摘されています。

中国の少数民族でも対歌は消滅の危機にあり、残っていても芸能化・形式化・のど自慢大会化しているものが多く、男女が結婚相手を求めて行う原型的なものは少ないそうなのですが、次の中国雲南省石宝山山中における白族男女の例は、山中で自然に始まった原型的な歌垣を工藤隆氏が録音したもので、自然な歌垣の実態が伝わってきます。男を兄、女を妹と呼ぶのは、日本の古代の同じです。

女「あなたも私も花のつぼみです。歌垣をしたいのなら、私を探してください。恋人になりたいのなら、私に寄り添って座ってください」

男「あなたは軽やかに蓮のように歩きながら兄(私)を訪ねてきました。妹(あなたは)はやはり私のことを愛しているのです。頭をあずけてあなたに寄りかかり、あなたと肩を並べて座ります。妹は私とゆったりと付き合ってください。あなたの兄とあなたはゆっくり語りあいましょう。きのうからあなたを探し、今になって、やっと一緒に座れました」

女「兄よ、あなたはどこに住んでいる人なの? なぜ花を摘みに山にやってきたの? 一本の渓流とふたつの山、その二つの山はぴったりと寄り添っている。あなたの話し方は絹糸のよう、あなたの歩き方は一陣の風のようです。愛情も思いやりもある兄よ、どこの村に住んでいるのですか」

男「親密になるにはもちろん真心で接します。私はアルユエンシューチョンの者です。もしも妹がここの人なら、私はここ、あなたの村に引っ越してきます。行ったり来たりで、会うのが難しく、出かけたり帰ったりするのが大変です。今から夫婦の縁を結びましょう、思いがけなく山かげで出会ったのですから」

女「思いがけなく山かげで出会いましたが、あなたはアルユエンのどの村なのですか? 村は大きく、家がたくさんあるので、訪ねて行くのが難しい。どうか名前を教えてください。後で探しやすいし、あなたのことがすぐわかるから。あなたがすべてを私に教えてくれれば、そうしてこそ結婚のことが話やすくなります」

「歌垣と神話をさかのぼる」 工藤隆著 新典社選書12 より

白族の歌垣はこんなふうに始まって、延々と何時間でも、途中で食事のために中断して再開したり、気が合わなければまたあとでと言って別れたあともう再開しなかったりと、様々なパターンがあり得るようです。

歌垣が開かれる期間になると、非常に遠くからも何日もかけて男女が集まってきて、あちこちで歌い交わし合いが始まります。内容は情熱的だったり、現実的だったり、愛をささやくかと思うと、相手の誠意を疑ってみたり、定型的な言い回しと即興を駆使しながら、押したり引いたりの駆け引きが展開します。本気もあれば、遊びもあり、秘密の話と言いながら、一緒に来た友人も見物人も聞いている中で大声で秘密の話を歌ったりもします。そんな演劇性も含んだ恋の駆け引きを楽しみながら、引かれて合う二人はいつしか本当に寄り添っていくのでしょう。言い回しにセンスがあったり、声が美しかったりする方が気に入られやすいのは、小鳥のさえずりと同じこと。適齢期前の若い人たちも来て、恋のやりとりを聞いて勉強中。家に帰ったら記憶してきた言い回しをこっそり練習したりするのでしょう。老人も来て若者のはなやぎを聞いて楽しんでいます。既婚者も来て歌垣に参加していることも多いそうで、既婚者が独身のふりをして合コンに出ているのと同じノリなのでしょうか。歌垣の実例中には、相手が既婚者ではないかと疑う歌が出てくることも多いそうです。

万葉集の贈答歌、相聞歌など、厳選された少数だけを古文の文字記録にしてしまうと、なんだか格調高すぎて近寄りがたい印象になってしまいますが、当時の実態は庶民的でワクワクしたものだったはずで、この白族のやりとりからは、そんな生きた歌垣の様子が浮かんできます。

冒頭の写真は民俗衣装を着た白族の女性

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