古代日本で行われていた男女の恋の歌の掛け合い「歌垣」。
中国の白族(ペー族)の実例では、流れのままに即興で延々と恋の駆け引きの歌が重ねられていくのですが、その即興を可能にしているのが、言い回しの定型性、そこから生まれる演劇性のようです。
「私は山を越え峰を超えてあなたに会いにやってきました」とか、「私たちの噂が立っても私は恐れません」とか、「あなたはまだつぼみです」とか、繰り返し出てくる多様な言い回しが伝統的に培われているので、その定型を駆使することで、情熱的に愛を語ったり、疑ってみせたり、喜んだりという演劇性が生まれ、その中で結婚条件・本気度・相性などの情報収集とすり合わせができる仕組みになっているようです。
それは言ってみれば、喜んだり怒ったり仲直りしたりという、普通は一年も二年もかけて体験していく恋の諸相を、歌に乗せることで一晩でやり尽くす超高速恋愛体験ゲームのよう。スリル満点、ワクワクドキドキ、その中でちゃんと現実的に必要なやり取りもしてしまう、なかなかうまくできたゲームです。本来秘め事のはずのやりとりがみんなが聞いている公開状態で行われるという、秘密性と公開性が融合する異次元空間。そんな不思議を可能にしているのが、定型性とそこから生まれてくる自由な即興演劇性。
白族の定型的な言い回しには、日本の万葉集にもほとんど同じような言い回しをいくつか見つけることができるのだそうで、歌による即興演劇的恋模様は、社会の仕組みとして日本にも広範に広がっていたのではないでしょうか。