昨日はスコットランドの毛織物の作業歌 waulking songを紹介しましたが、本日は、やはりスコットランドやアイルランドで古くからおこなわれていた、keening という弔いの歌です。ケルトの庶民の生活は、良きにつき悪しきにつけ、歌がいつも寄り添う印象があります。
キーニングは、死者を弔うために通夜や墓前で行われます。キーンには、とらえどころのない生の感情、自然発生的な言葉、繰り返されるモチーフ、泣き声、歌の要素が含まれます。キーンという言葉は、ゲール語で「泣く」を意味するcaoineadhに由来し、 キーンティングの女性たちは、故人に敬意を払い、遺族に代わって悲しみを表現します。
キーンは葬儀の全過程に不可欠なもので、通夜、葬列、埋葬のいずれでも行われました。それは生と死の出会いの場の儀式芸術で、一般的に年配の女性たちによって行われました。多くの人々は、キーンという行為によって故人の魂が肉体から離れることができキーンが必要だと信じていました。
知られている最後のキーンは20世紀前半のアイルランドと19世紀のスコットランドで行われましたが、今日でも歌い手に対する最高の賛辞のひとつは、その歌い手の中にキーンの声を認めること、と考えられているそうです。
キーンは故人との最後の別れであり、生演奏で作曲・演奏され、しばしば棺に触れ、死体に語りかけます。通常専門家である3人以上の女性が参加し、この伝統の終わりころになってからは一人の女性がキーンを行うようになりました。
今日、部外者からはキーンは墓前で荒々しく慟哭する単なる女性のパフォーマンスのように誤解されがちですが、本来はゲール音楽の伝統の深みと美しさに彩られた芸術なのだそうです。キーンには、形容しがたい生の感情、自然発生的な言葉、繰り返されるモチーフ、泣き声、歌の要素が含まれ、キーンは亡き人に捧げられるため、同じものは二度とないのだとか。
「歌っているのでもなく、表現できるようなものでもなく……とても哀愁を帯びた聖歌で、リズミカルで……ほとんど自然発生的な合唱だった……」。
現存する数少ない録音(ほとんどがアイルランドの1950年代のもの)は、死の床や墓前で歌われるような儀式の文脈で録音されたものではなく、民俗学者の前での実演として居間で録音したものがほとんどで、このような口承文化の実際はほとんど残っていないそうです。
今日の西洋的な文化では、会ったこともない人のために心から悲しむことを想像するのは難しいですが、このような共感の度合いは、キーンという役割に内在していたはずで、このような役割が本当に機能するのは、コミュニティ全体がそれを許している場合だけであり、多くの点で、聞き手はキーン本人同様、キーンの重要な役割を担っていると言われています。