こちらの絵は、16世紀スペインに登場した6コースギター「ビウエラ」を弾くギリシャ神話のオルフェウス。1536年にスペイン・バレンシアで出版されたルイス・ミラン(Luis Milan 1500~1561頃)のビウエラ曲集「エル・マエストロ」に掲載されている挿絵です。エル・マエストロは、ビウエラのための最初の曲集で、ビウエラという楽器の普及に大切な役割を持った曲集と言えます。
周囲を取り囲む文字に注目しますと、次のように書いてあります。
El grande Orpheo / primero inventor (偉大なるオルフェウス 最初の発明者)
Por quien la vihuela/ paresce en el mundo (ヴィウエラを世に送り出した人物)
Si el fue primero / no fue sin segundo(彼が最初の発明者であるならば 二番目の発明者がいないわけではない)
Pues dios es de todos / de todo hazedor(神はすべての人、すべてのものの創造者なのだから)
ビウエラは、15世紀末から16世紀はじめころにスペインで生まれ、スペイン上流階級を中心に流行した楽器なので、古代ギリシャ神話のオルフェウス(オルペウス、オルペオ、オルフェオ)が弾いていたというのは飛躍があるのですが、どうしてオルフェウスが弾いて発明者とまで書かれているのでしょうか。
その答えを探すためにギリシャ神話を見てみますと、オルフェウスと楽器が絡む内容としては次のような話が出てきます。
オルフェウスは、竪琴(Lyre)の名手であった。オルフェウスの竪琴は、最初ヘルメスが亀の甲羅を使って7本の弦を張って作り、それをアポロンが譲り受け、アポロンからオルフェウスに渡ったものであった。9人のミューズたちの1人を母に持つオルフェウスは、弦の数を9本に増やし、毎日この竪琴を弾いては、誰もまだきいたことのない素晴らしい歌を歌っていた。彼の歌は人間ばかりでなく、あらゆるものを感動させた。彼が歌うたび、鳥や獣がその歌を聴きに集まり、木々も岩も聞き入った。空の雲さえその歌を聴くといっそう美しく輝き、小川の水も彼の歌に合わせてやさしい音をたてて流れた。
オルフェウスが亡くなった妻エウリディケを連れ戻そうと竪琴をたずさえて冥界に行ったときには、彼が琴をかき鳴らして歌うと冥界の川の渡し守りのカロンは船でオルフェウスを渡してくれた。川を渡ったあと、冥界の番犬・ケルベロスが出てきて吠えたが、オルフェウスが琴を奏でると、ケルベロスはたちまち大人しくなりオルフェウスのために道を開けた。その後も幾度も亡者たちが現れてオルフェウスの行く手をはばんだが、妻への愛が込められた竪琴の調べに亡者たちは感動し、結局オルフェウスを止めることはできなかった。オルフェウスは、冥界の王・ハデスの前に到着すると琴を響かせながら妻の返還を求めたが、ハデスは応じない。しかし竪琴の歌に感動したハデスの妃ペルセポネの説得によりついにハデスはオルフェウスの望みを聞き入れた。地上に付くまで決して振り向いてエウリディケを見てはならないという条件付きで。オルフェウスは、エウリディケの前を地上に向けて進むが、地上に帰り着く直前、不安にかられて後ろを振り返ってしまい、エウリディケはそのまま冥界に引き戻された。オルフェウスは慌てて冥界の道を引き返したが、七日七晩琴をひいて頼んでも渡し守のカロンは川を渡してはくれなかった。地上に戻ったオルフェウスは、エウリュディケを思う悲しい旋律を響かせながら野山をさまよった。ある日、酒の神ディオニュソスの宴で酔った女たちがオルフェウスに琴を弾くよう求めたが、オルフェウスがこれを拒むと、女たちは怒り狂ってオルフェウスを八つ裂きにしてしまった。大神ゼウスはオルフェウスを憐れんで、彼の竪琴を拾いあげて星座(こと座)にした。
さて、このオルフェウスの話を念頭に、もう一度ルイス・ミランの曲集の挿絵を見てみると、なるほど、オルフェウスの竪琴に感動したという鳥、獣、木、岩、川、雲、そして冥界の途中に出てくる川の渡し守と船、犬なども書いてあり、どうやらオルフェウスと竪琴の話をそのままビウエラに置き換えた絵と言ってよさそうです。
しかし、ギリシャ神話の竪琴とスペインのビウエラは、下の絵のとおり、撥弦楽器ということ以外は共通するところは多くなく、楽器の進化発展史としても特に強い繋がりがあるとは言えないようです。(☟順にヘルメスの竪琴、アポロンの竪琴、オルフェウスの竪琴の絵)
ではどうしてオルフェウスにビウエラを持たせた上でビウエラの発明者とまで明言するのか?…
というわけで、長くなったので、続きは次回。