天保の改革の芸能統制のやり方を見ていると、「音楽や芸能を消滅させようとする方法が色々ある」ということがわかります。たとえばこんな方法が試みられています。
① 全面禁止という方法 ex.寄席全廃案(遠山の金さんの反対でこれはできなかった)
② 上演できる場所を奪う方法 ex.芝居町の強制移転、寄席軒数の強制減少
③ 上演責任者の身柄拘束 ex.娘義太夫と寄席の席主を伝馬町の牢獄に拘束
④ 人的範囲(観客の範囲や出演者の範囲)を制限する方法 ex.女性の寄席出入り禁止
⑤ 芸能の内容を制限する方法 ex.寄席で話せる内容を心学などまじめなもの四種に制限
⓺ 芸の方法を制限する方法 ex.三味線太鼓など鳴り物の音出し禁止
⑦ 芸の教授を制限する方法 ex.男師匠が女に芸を教えることの禁止
⑧ 芸能を代表する者を見せしめ的に処罰したり追放したりする方法 ex.贅沢を理由に市川団十郎を処罰追放
⑨ 芸能者の居住と移動を制限する方法 ex.役者が猿若町以外に居住することを禁止、天保の改革の人返しの法(江戸流入者の強制的な農村復帰)は放浪系芸人(虚無僧、旅芸人、梓巫市女、瞽女、辻浄瑠璃など)の職業規制になったと思われる
⑩ 人的交流の禁止 ex.役者は移動するときは編み笠をかぶり、庶民と交わることを禁止された
⑪ その他、営業時間を制限する方法、免許や鑑札の保持を義務づける方法、特別の税を課す方法など、天保の改革から少しあとの明治時代の芸能規制に例があります
という様々な手法を組み合わせることで、ターゲットにした音楽や芸能を歴史から抹消することができるかもしれないという、おそろしい話。
ここから反面教師的に、音楽(芸能)を抹消から守る方法を導き出すと…音楽の全面禁止の禁止、音楽できる場所と時間を広く確保、音楽の内容も最大限自由、音楽の方法も自由、音楽を教えることも自由、音楽家の移動も居住も自由、音楽をめぐる人的交流も自由、音楽の許認可は最低限に、音楽することに対する差別的な公租公課は撤廃、という方向性が導き出せそうです。
実際には、音の暴力、音の無神経、音の権利(著作権)保護等からどうしても必要になる規制は色々あるでしょうが、音楽(芸能)の基本的方向性が常に自由の方向を向いていることを確認しておかないと、気が付いたら誰かを讃美する音楽(芸能)しか聴けなくなっていたり、自由警察の監視に怯える暮らしが日常になっていたりするかもしれず、そういう社会は歴史上数えきれないほどあったし、今も世界に沢山あって、社会は案外簡単にそっちに進み始めるもののように思われます。
芸能者とそれを楽しむ江戸市民の暮らしを守ろうと奮戦した北町奉行遠山金四郎さんは、お話の中だけでなく、やっぱり実際えらい人だったなあと、あらためて思うのです。