あれこれいろいろ

古代ギリシャの竪琴「リラ」 と 古代日本の「櫛」

上の写真は音楽の神アポロンが持つ古代ギリシャの竪琴「リラ」。

ギリシャ神話には次のような話があります。

トラキアの若き王子オルペウス(ギリシャではオルペウス、ローマではオルフェウス)の歌声の美しさはギリシャ中を虜にし、あらゆる生物を感動させた。音楽の神アポロンは、噂を耳にして歌を聞きに行き、あまりの素晴らしさに感動し、所有する楽器の中で最上のものを贈ることにした。それは赤子だった頃のヘルメスが作り上げた7本の弦の竪琴。9人のミューズたちの1人を母に持つオルフェウスは、これを9本に増やし、肌身離さず持っていた。

そのオルペウスの妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだとき、オルペウスは妻を取り戻すために冥界に赴いた。彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、みな涙を流して聴き入った。ついにオルペウスは冥界の王ハデスとその妃ペルセポネーの王座の前に立ち、竪琴を奏でてエウリュディケーの返還を求めた。オルペウスの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネーに説得され、ハデスは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。

 

↓カミーユ・コローの絵『エウリュディケを冥界から連れ戻すオルフェウス』。この場面はたくさんの画家に取り上げられています。

このギリシャ神話によく似ているのが、こちらの日本の神話です。このサイトの要約がわかりやすかったので一部抜粋させていただきました。→ https://musubuniwa.jp/ha/4052/

兄イザナギは連れ合いでもある妹(いも)を殺してしまったが、妹のイザナミが恋しくてたまらない。
黄泉の国へ追いかけて行くと、妹は黄泉の国の戸を開けてイザナギを迎える。
イザナギは弾んだ声で、
「いとしいわが妹よ、さあ、帰ろう」
と連れ帰ろうとするが、イザナミは、
「おそれ多く、嬉しいことですけど、黄泉の国の主と話し合ってみなければなりません。
その間、わたしを見ないでしばらく待っていてください」
そう言いおいてイザナミは戸の内へ戻ってしまった。

長い時間が過ぎた。
イザナギは待ちきれなくなって、明かりを灯して暗い殿ヘ入っていくことにした。
何か灯すものはないだろうか。
左のミズラの髪に刺していた櫛の歯を一本折ってそれを灯し、殿内に入る。
闇に浮かび上がったのは、腐乱が始まった醜いイザナミの姿であった。

イザナギは恐ろしくなって、横たわるイザナミに背を向けて逃げ出す。
その時、背後から
「わたしに恥をかかせましたね!」
と、妹(いも)イザナミが、爛(ただ)れゆがんだ顔に怒りをたたえて追いかけてくる。
黄泉醜女(しこめ)にもあとを追わせた。
イザナギは逃げても逃げても追ってくる女たちに向けて、頭に巻いていたカズラを投げつける。
それでも追いかけてくる。
今度は右のミズラに刺していた櫛の歯を引き折って後ろに投げ棄てると、すぐにタケノコが生えてきた。
醜女たちがそれを食べている間に逃げる。
しまいには、イザナミ自身が追いかけてきた。

逃げるイザナギは大岩で道を塞いぐと、背後から追うイザナミは怒りにふるえながら、
「いとしいわたしのあなた様よ、これほどひどい仕打ちをなさるなら、わたくしは、あなたの国の人草(ひとくさ)(人間)を、一日に千人殺してしまいますよ」
イザナギも負けずに、
「お前がそうするというなら、わたしは、一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」と、やり返す。

 

ギリシャと日本と遠く離れながら、この類似性は驚くばかり。「妻の死→妻が恋しくてたまらない夫→冥界に連れ戻しに向かう夫→冥界の主に帰還の許可を得ようとすること→決して見ないという約束→待つ時間の長さに耐えられず不安に駆られる夫→つい見てしまう夫→見た瞬間に一気に事態が暗転→ひとり帰還する失意の夫」というプロットが共通していて、話の起源が同根であることが推測されます。

そこで私の関心は、ギリシャ神話で重要な役割を果たした竪琴「リラ」が、日本神話には出てこないということです。ギリシャ神話の「リラ」に対して、日本神話で目につくのは「櫛」です。リラも櫛も冥界の行程を通り抜ける一種の鍵になっている点で共通しているように思えます。

これらは日本の古代の櫛の出土品ですが、じっと見ていると、櫛の歯の一本一本が弦の並びのようで、リラに似てる気もしてきます。櫛の歯の先端を指で弾けば、長さに応じて少しずつ違う音階も出ますから、楽器的な素質もありそう。古代の日本では、櫛を奏でるという風習があったりして…、という仮説を立てて検索してみましたが、そういう言い伝えは見た範囲では見つかりませんでした。

日本の神話に出てくる櫛としては、櫛名田比売(くしなだひめ)の話があります。クシナダヒメがヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたところを、スサノオにより姿を変えられて櫛になり、スサノオはこの櫛を頭に挿してヤマタノオロチと戦い退治するという話です。わざわざ姫を櫛の形に変えてスサノオの髪にさして大蛇との戦いに赴くというのですから、櫛には何等かの霊力があるという発想があるのかもしれません。クシナダヒメの「櫛」は「奇し」と書き現わすこともあるそうで、クシはそんな霊力を表現する音なのでしょうか。

また、岩戸から天照大神を引っ張り出すときに踊ったアメノウズメの「ウズメ」には、かんざしの意味があるという説もあるそうです。

「リラ」と「櫛」は、生と死、現界と冥界の通路を通る霊力のあるアイテムとして描かれているようで、そこに人類にとっての「音楽」の機能のひとつが表現されているように思えます。

リラの演奏↓

 

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