あれこれいろいろ

歌う呪文 カレワラの世界

フィンランドの民族叙事詩カレワラの世界では呪文の力は絶大で、多くの場面で呪文は歌として描かれます。

・たとえば、主人公のヴァイナモイネンが森を開墾して畑を作ったときは、ヴァイナモイネンはこのように歌います。

「草の芽を持ち上げよ 力いっぱいはぐくめ 土地が不毛にならないように 自然の乙女の約束どおりに 作物が育つように」

すると、蜜のような雨が雲から畑に降り注ぎ、大麦の芽はすくすくと育ち、穂は六列に実り、茎には三つも節ができたという結果が現れます。

・カレワラの登場人物はみんな呪文の歌を歌うようで、別の主人公レンミンカイネンは、敵国のポホヨラの知恵者たちが秘密の歌を歌っているのを見て、「へたくそな歌はたくさんだ。やめろ。歌は短いほどいいものだ」と怒鳴りつけてから、歌の魔力でポホヨラの一番の歌い手の口の中に石をいっぱい詰め込み、ほかの歌い手たちを追い散らして、急流の中の岩や流れの中の泡の姿に変えてしまいます。

・またポホヨラの主人とレンミンカイネンの対決の場面では、ポホヨラの主人が池の水を飲み干せと言うと、レンミンカイネンは呪文の歌で雄牛を出して池の水を飲み干させ、ポホヨラの主人はオオカミを歌い出して牛に対抗し、するとレンミンカイネンは歌でウサギを出してオオカミの気をそらし、するとウサギに対抗して犬、次はリス、そしてテン、キツネ、ニワトリ、タカと次々と歌い出して、歌による魔法合戦が繰り広げられます。

・歌の魔法の場面は多岐にわたり、ヴァイナモイネンが船を歌い出そうとして、船を完成させるのに足りない呪文を知恵者アンテロ・ヴィプネンから聞き出す場面はこんなふう。

「強くて巨大なアンテロ・ヴィプネンンもとうとう降参して、言葉の箱を開け、太い声で遠い昔の、ものの起源について歌いはじめた。アンテロ・ヴィプネンは世界がはじまったときの出来事をすべて知っていた。これほどの歌を聞いたものはいままでに一人としてなく、これほど正確な知識はだれも持っていなかった。口は言葉をはき出し、舌は最も速い馬のように文を噴き出した。ヴィプネンは夜も昼も歌いついだ。太陽や月もその歌を聞こうとして運行を止めた。波も海の上で静止した。川は流れを止め、急流はしばし泡立つのを止めた」

こうしてヴァイナモイネンは秘密の呪文を聞き出して船はたちまち魔法の言葉で歌い出されます。

・ヴァイナモイネンが閉じ込められた月と太陽を解放したときの歓喜の歌はこんなふう。

「金の月は岩山から、美しい太陽は崖から 金のカッコウのように 銀の鳩のように ついに出てきた われわれに幸福をもたらし 楽しませるように 明日からは毎朝昇ってください われわれに健康をもたらし 獲物を釣り針の先に誘い寄せてください そして昼の美しい運行を終えたら 行ってください、夜ごとの喜びのために」

きりがないのでこのくらいにしときますが、このようにフィンランドのカレワラでは、歌は世界を動かす一大要素です。

こうしてみると、呪文としての歌というのは人類の歌の起源のひとつかもしれません。言葉から世界が作られたというのは世界の神話のひとつのパターンですが、創造性を高めるために言葉に節がついて歌となるのは自然なことのように思われます。

参考 カレワラ物語 キルスティ・マキネン著