未知の海を進み続けるコロンブスの大西洋横断航海では、頼りになるのは神様だけということで、船内では信仰の歌がいつも歌われていたそうです。以下、「大航海時代 森村宗冬著 新紀元社」より一部抜粋。
朝はまず係の若者が歌う歌から始まる。「日の明かりに祝福あれ 聖なる十字架、われらはうたう」
その歌が終わるとアヴェ・マリアを唱え、「船の仲間に祝福あれ」と祈り、これ以外にも乗組員たちはことあるごとに主イエスに祈り、聖母マリアをたたえ、歌ってばかりいる。
30分ごとに砂時計をひっくり返す時は雑用係の若者が歌い、日没時は乗組員全員で礼拝を行い、夜中、8度目に砂時計をひっくり返す時は係の若者が神を讃える歌を歌い、さらに半時間ごとに、「みんなで神に祈ろうよ よき航海を授けてほしい 高みにおわします われらが恵みの母には 海の竜巻に遭わぬよう 嵐を近づけないようにと」と係の若者が歌った。これらの儀式は天候に関わりなく毎日行われたという。
とこんなふうで船内があたかも教会のよう。それだけ恐怖と不安が強かったのでしょう。新大陸発見後の数々の残虐行為で知られる当時の冒険者たちの内面には、欲望と恐怖と信仰が同居していたようです。上の絵(コロンブスを迎えるサンサルバドル島のインディオ)にはインディオが差し出す財宝と兵士が持つ銃と土地に埋め込む十字架が描かれていますが、欲望(財宝)と恐怖(銃)と信仰(十字架)が象徴的に表現されているようにも思えます。発見した土地に十字架をうち立てることが欲望と残虐を正当化する機能を果たしたのかもしれません。
コロンブスの船ばかりでなく、大航海時代のスペインやポルトガルの船内にはいつも音楽があったと見てよいのではないでしょうか。そんな船の生活にはきっと数種の楽器もあり、その中にはルネサンスギターやそこから派生した小型ギターも加わって、さかんに海を渡って行ったのではないかと推測しています。そして奏でられた音楽は、信仰の歌のほかに、欲望や恐怖の歌もあったでしょうか。