裾野の音楽と楽器たち

ガウチョのpayadaとアイヌのチャランケ  対話式音楽を考えるその2

ヒスパニック系の対話式音楽のことを書いていて思い出すのは、アイヌ民族のチャランケのことです。

チャランケとは談判のことで、何等かの紛争が起きたときに、韻文の格調高い言葉を旋律に乗せて主張し合い、論理の攻防で勝敗を決めます。チャランケはあまり音楽としては見られていないかもしれませんが、節まわしとリズムの中で展開するそれは十分に音楽的です。

チャランケは、個人間紛争でも村落間紛争でも行われ、村同士なら村長間の討論になります。ゆっくりと歌うように討論しあい、一方が論破されるまでは昼夜ぶっ通しで数日に渡ることもあります。チャランケに勝利した暁には、倫理的に正しく、知性に富み、雄弁で、勇気があり、心強き人であることが人々に印象付けられます。

このチャランケでは、相手の話を最後まで聞いてから論破するのがルールであり、また怒りにまかせて激高したり暴れたりしたらそこで負けです。

おもしろいのは、他のアイヌたちは、各々縫いものをしたりしながら、節つきで語られるチャランケを楽しんでいたというところです。そして素晴らしい攻防がなされたチャランケは、紛争状況とチャランケのやりとりが伝承されて一種のレジェンドになったりします。

ここで、南米の牧童ガウチョなどが行っている対話式音楽payadaのウイキペディアの説明を読んでみてください。

「payadaはヒスパニック文化に属する音楽詩芸術であり…payadorという人がギターを伴って韻を踏んで即興で朗読します。payadaがデュエットであるとき、それは「対位法 -contrapunto」と呼ばれ、歌われた決闘の形をとり、各payadorは相手の質問に答えなければならず、それから同じように尋ね続けます。これらのデュエットpayadaは通常数時間、時には数日続き、歌い手の1人が他方の問いにすぐに答えられないと終了します。」

paydaとチャランケがいろいろな面で似ていると思います。韻文で格調高く、決着がつくまで何日でもやり、正々堂々とした弁舌に価値が置かれ、それを周囲は大いに楽しんでいるという雰囲気はそっくりです。

ルールの共通点としては、話を最後まで聞くこと、順番を守ること、言葉の格調を失わないこと、双方最善の言葉を最後まで尽くすこと、即興であるがゆっくり丁寧に言葉を選ぶこと、暴言暴力は負けであること、それらの過程を周囲の観衆が見守っていること…このような構造が音楽対話を成立させる基本ルールのようです。きっと言葉による平和的解決を可能にする必要条件なのでしょう。

現在のメディアで見られる、相手の話を途中で遮って早口でまくしたてる討論や一方的な論破などは、これら必要条件を一つもクリアしていないので、音楽的と言えないのはもとより、平和的解決能力も期待薄のように思います。