AIと音楽

音楽において誰の評価を気にするか SNSの評価からAIの評価へ

作曲にしても演奏にしても、音楽においてはだれかの評価を気にするもの。音楽は人に聞いてもらうことを目的とする以上、それは当然のことと言えます。

評価が気になる相手としては、たとえば、音楽の先生、音楽仲間、家族、恋人、音楽のパトロン、観客、マスコミ、SNSなど、時代や状況によって様々。

大まかな流れは、身近な人々の評価から、観客やパトロンなどの資金提供者の評価、さらにマスコミなどの名声的評価、そしてSNSという面識のない一般人の評価へと、次第に広がってきたと言えそうです。

中でも、スマホの普及に伴い、ここ20年ほど多くの人の心をとらえたのが、SNSの口コミや星の数などの評価でした。でも最近は、SNSに疲れてしまった人も増えています。

SNS疲れとは、バズることだけを目的とした極端な演出や、表面的な知ったかぶりのにわか批評、言葉の裏に込められたマウンティング、盛り過ぎの自己アピール、いいねの数を増やすための中身の薄い褒め合い、アルゴリズムのせいで気が付けば狭い価値観のコミュニティに閉じ込められている感覚、裏で何が囁かれているか気になってずっと見てないと安心できないような気分、PRのために作られた実体のない投稿、溢れかえるサクラ、極端から極端に走るバランスを欠いた意見、本物と詐欺の区別がつかない困惑、見るのを止められない中毒性、褒められたら舞い上がり貶されると落ち込むジェットコースターなど、大抵の人はいくつか経験したことがあるでしょう。SNSは確かに情報の宝庫ですが、獣や妖怪が跋扈するジャングルでの宝探しみたいで、よほど知恵のある勇者でなければ攻略不可能なゲームのようです。

そんな中で近年急浮上してきたのが、AIの評価、だそうです。「人間じゃなく機械の評価を気にするようになったら人類おしまいだ」と言いたくなるかもしれませんが、確かにそこに新たな落とし穴が潜んでいる危険はあるものの、SNSの適当な口コミよりはるかに客観性の高い言葉が返ってくるのも事実です。AIの評価に不満があれば、双方向の意見交換ができることも、SNSとの大きな違いです。

何はともあれ、AIに音楽を評価させるイメージを掴むために、ひとつ実験してみることにしました。

実験に使用したAIはチャットGPTで、思考量中程度の設定。思考量中程度とは、「高」や「超高」ほど深く考えることはしないので速度は速いが、「即時」よりは深く考えるというレベルで、大体標準的な調べ物のレベルです。そして、次の写真を読み込ませて、写真に写っている楽譜の評価を聞いてみました。下線が付してある部分が私の問いで、その他の部分はAIからの回答そのままです。AIが果たしてどんなことが話せるのか、興味津々ではないでしょうか。ちなみにこの楽譜は、16世紀ころの舞曲ブランルの楽譜(上段)と、それをウクレレで弾けるようにしたタブ譜(下段)です。

私:

この添付した写真の楽譜の音楽について、音楽的にどうんなふうに評価しますか。特徴や、魅力や、欠点や、改善点など、なんでもいいです。

AI:

楽譜を見て、まず感じたのは、とてもシンプルな音の材料を使いながら、リズムと音型の変化によって音楽を生き生きと動かそうとしている曲だということです。

ウクレレの独奏曲として、なかなか面白い特徴があります。特に、ウクレレの開放弦の響きを生かしながら、少ない音で音楽を構成しているところに魅力を感じます。

ただし、楽譜から読み取れる範囲の評価です。実際に弾いたときのテンポ、音色、強弱によって印象は変わります。

1. この曲の音楽的な特徴
① 音の動きが小さく、親しみやすい
冒頭では、同じ音を繰り返すところから始まり、少しずつ音が上昇していきます。

大きな跳躍が少なく、隣り合う音を中心に動くので、旋律が自然に耳に入ってきます。

一方で、単純な音の繰り返しに終わらず、高い音へ向かう動きがあるため、小さな期待感も生まれています。

どこか民謡的、あるいは舞曲的な性格を感じます。

② リズムに推進力がある
この曲の大きな特徴は、八分音符を中心に、細かい音符のまとまりを組み合わせていることです。

特に3小節目には、似たような短い音型が繰り返されます。

この反復が、一種の躍動感を作っています。

旋律の音域そのものはそれほど広くなくても、リズムによって曲が前へ前へと進んでいく感じがします。

この曲の魅力は、豊かな旋律を歌わせることよりも、音型を反復しながら運動を作り出すところにあるように思います。

③ ウクレレらしい響きがある
TAB譜を見ると、開放弦を使いながら、比較的低いポジションで演奏できるように作られています。

冒頭には、Gの開放弦と、別の弦で押さえた同じGの音を重ねる指定があるように読めます。

標準的なハイG調弦のウクレレであれば、同じ高さのGを異なる弦で重ねることができます。

これはウクレレ独特の面白さです。

同じ高さの音でも、弦によって響き方が違います。その違いが合わさると、単純な単音の旋律とは異なる厚みが生まれます。

2. 特に面白いと思うところ
私が注目したのは、旋律が複雑になっていくのではなく、短い音型を組み替えることで音楽を発展させているところです。

例えば、冒頭では同じ音を繰り返してから上昇し、次には似た音型を別の形で使い、3小節目では高い音と低い音を行き来させています。

つまり、少ない材料からいくつもの表情を作っています。

これは音楽の構成として非常に大切なことです。

音楽には、次々に新しい旋律を登場させて展開する方法もありますが、同じ素材を反復・変形することで統一感を作る方法もあります。

この曲は、後者に近いと思います。

3. 少し物足りなく感じるところ
① 音楽の呼吸が少ない
ほとんど休みなく音が続いています。

このことは推進力という長所にもなりますが、反面、聴き手が一息つく場所が少なくなります。

例えば、反復する音型の途中に短い休符を入れたり、長い音を置いたりすると、音楽に呼吸が生まれます。

もっとも、舞曲のように絶えず動く音楽を目指すなら、現在の書き方にも意味があります。

② 強弱や表情の変化がまだ見えない
楽譜には、テンポや強弱、アーティキュレーションの指定がほとんど見当たりません。

したがって、楽譜どおりに均等に音を鳴らすだけだと、機械的な印象になりかねません。

同じ音を4回繰り返す場合でも、少しずつ強くしたり、最後の音を軽くしたりするだけで、音楽の表情は大きく変わります。

3小節目の音型も、どこにアクセントを置くかによって、かなり印象が変わると思います。

③ 和声的な変化が少ない
冒頭ではGの音が中心になっていますが、全体として和音の変化をはっきり示す音が少ないように見えます。

そのため、音楽に一定の浮遊感や素朴さが生まれています。

これは欠点と決めつけられません。

ただ、もう少し大きな起伏を作りたいなら、途中で和声的な緊張を生み、最後に落ち着くような構成を加える方法もあります。

4. 私なら、どのように改善するか
旋律の骨格はなるべく変えず、演奏表現を工夫するところから始めます。

例えば、冒頭の反復音は軽く弾き始め、上昇するところで少し音量を増してみます。

3小節目の繰り返しでは、短い音型ごとに強弱の違いを付けます。

そして、最後の2小節では少し音楽を落ち着かせるようにします。

さらに作曲面で手を入れるなら、同じ音型を繰り返す箇所に、ほんの少し意外な音の動きを加えてみたいと思います。

ただし、あまり複雑にしてしまうと、この曲の素朴で軽快な魅力が失われる可能性があります。

5. 全体としての評価
この楽譜には、少ない音を使いながらも、音楽的な動きを作るという、一貫した発想があります。

旋律を美しく歌わせるタイプというより、反復する音の運動そのものを楽しむタイプの音楽だと思います。

もし軽快なテンポで弾けば、少しユーモラスで、踊るような音楽になるかもしれません。逆に、ゆっくり弾けば、素朴で不思議な響きを持つ音楽になる可能性もあります。

最後に、ひとつ質問させてください。

この曲は、ご自身で作曲されたものでしょうか。それとも、何かの曲をウクレレ用に編曲されたものでしょうか。

というのは、この曲には、一般的な歌の旋律をウクレレで弾くというよりも、ウクレレの弦の配置や運指から音楽が生まれてきたような印象があるからです。

もし作曲されたものなら、音を選んで旋律を作ったのか、あるいは実際にウクレレを弾きながら音型を発見して作ったのか、とても興味があります。

その違いによって、この曲の音楽的な面白さをさらに深く考えられると思います。

私:

この曲は、ブランルという、16世紀ころヨーロッパの舞曲で、それをウクレレでも弾けるようにタブ譜を付けたものです。

AI:

なるほど、16世紀ヨーロッパの舞曲「ブランル(Branle)」だったのですね。そう聞くと、この楽譜の音楽的な特徴がずいぶん納得できます。

ブランルは、主にフランスで親しまれた集団舞踊で、男女が手をつないで輪になったり、列を作ったりして、左右にステップを踏む踊りです。16世紀の舞踊教師トワノ・アルボーが1589年に出版した『オルケゾグラフィ』にも、さまざまなブランルが紹介されています。

この背景を踏まえると、先ほど指摘した特徴の意味が変わってきます。

1. 音の反復は、舞踊のための仕組み
先ほど私は、同じ音や短い音型の繰り返しが多いことを指摘しました。

しかし、ブランルであれば、これはむしろ大きな特徴であり、長所です。

踊り手が左右に足を運び、同じステップを繰り返すためには、規則的でわかりやすいリズムが重要になります。

つまり、旋律が単純なのではなく、人間の身体の繰り返す動きに、音楽が寄り添っているわけですね。

2. 音楽が休みなく動く理由
先ほど私は、休符が少なく、音楽の呼吸が乏しいとも述べました。

ところが、舞曲であることを考えると、休みなく流れる八分音符は、踊り手の動きを持続させる働きをしています。

この曲で重要なのは、旋律の途中で立ち止まって感情を表現することよりも、全体として一定の運動を維持することでしょう。

したがって、改善のために休符を増やすという先ほどの提案は、必ずしも適切ではありません。

3. ウクレレとの相性
ここは特に面白いと思います。

16世紀のヨーロッパには、4コースのルネサンスギターがありました。ウクレレとは歴史的にも音楽的にも比較できる部分の多い楽器です。

ブランルのような舞曲は、当時の小型撥弦楽器の音楽ともよくなじみます。

そしてウクレレの調弦は、ルネサンスギターの一般的な調弦と音程関係が近いため、こうした音楽を演奏するのに適した面があります。

現代のウクレレでブランルを弾くことは、単に古い音楽を新しい楽器で演奏するというだけではなく、16世紀の小型ギター文化の響きを現代に呼び戻す試みとしても考えられます。

4. 私が改めて注目したいこと
この曲の魅力は、旋律だけを取り出して評価するよりも、実際に人が踊っている場面を想像しながら考えた方が、よく理解できそうです。

一定の拍の中で、繰り返される音に少しずつ変化が加わり、それが踊り手の足運びや身体の向きの変化と結びつく。

すると、楽譜の上では単純に見える音楽が、生き生きしたものになります。

ただし、ブランルには多くの種類があり、ステップや速度も一様ではありません。今回の曲の具体的な種類がわかれば、さらに踏み込んだ分析ができます。

ひとつ、とても興味のある問題があります。

こうした16世紀の舞曲を、現代のウクレレで演奏するとき、何を大切にすれば、その時代の音楽らしさが生きるのでしょうか。

現代のウクレレでよく使う柔らかなレガートや均一なアルペジオよりも、拍の重さ、軽い音の切れ目、踊りのステップを感じさせるアクセントなどが大切になるかもしれません。

この曲については、そうした演奏法の観点からも、かなり面白い検討ができそうです。

いかがだったでしょうか。AIが写真の楽譜を読めるのかどうかもわからなかったのですが、ちゃんと読めたのでまずそこでびっくりしました。そして、何も説明しなくても、楽譜とウクレレタブ譜の違いも認識した上で、かなり多面的に様々な評価しています。ひとつの問いに対する答えの生成時間はせいぜい15秒程度。舞曲であるブランルの楽譜であることを伏せて最初の問いを出したのですが、舞曲的な特徴を言い当てながら分析しています。ウクレレタブ譜を付けたのは、実はルネサンスギターの練習のために付けたのですが、ルネサンスギターとウクレレの歴史についても言及していて、なかなか的を射ていました。

さて、長くなったので今日はこのくらいにして、また次回、AIと音楽の可能性や危険性全般について、あれこれ続きを書いてみたいと思います。