あれこれいろいろ

近代以前天皇の統治技術としての楽器

NHKの大河ドラマ「光る君へ」を見ていると、天皇が宮中で笛を吹く様子が度々登場していますが、近代以前の天皇家にとって楽器はひとつの統治技術であったそうです。

以下、「足利義満と笙 坂本麻美子 (日本の音の文化 第一書房)」から抜粋です。

近代以前の天皇は、通常は御簾の中にいて、公家たちにも、めったに生身の姿をさらさない。それなら、衆人の目には見えない天皇が、人心を掌握したいなら、どうすればよいか。視覚に訴えられないから、天皇は、音を発して、自分の存在を耳で知らしめ、畏敬の念を起こさせねばならない。だが、天皇は、直接、臣下に言葉をかけることも稀であり、それゆえに、楽器は天皇の強力な自己表現手段となる。御簾の外にいる人々は、天皇が演奏する楽器の音の聴覚的イメージで、天皇の姿、気質ばかりか、帝王としての特性、政治的力量までも、推し量るだろう。そこで、音で人を支配するためには、天皇は、雅楽というジャンルで、権威ある楽器と優れた演奏能力を必要とした。政治における、聴覚的イメージづくりは、視覚的イメージを大事にする現代では想像しにくいが、きわめて重要な課題であった。

天皇と楽器の関係がこんなに深いものだとは知りませんでした。それにしても、天皇はいつも御簾の奥にいて、姿も見えず、声も聞こえず、わずかに音楽からその気配を察するしかないというのは、まるで神さながらの存在感で、権威を高める効果は高かったのでしょうが、天皇本人の立場からすれば、言いたいことも群臣に直接伝えられず、身振り手振りも顔の表情も奪われて、残されたのは楽器の音だけというのは、何とももどかしいことであったかもしれません。天皇以外の実質的な統治者からすれば、楽器の音しか出さない天皇ほど利用しやすい権威はないでしょうから、天皇を楽器の音や和歌などの文芸の世界に閉じ込めておくのは好都合だったという側面もあったでしょうか。

天皇が演奏する楽器の種類には、和琴、琵琶、笙、龍笛など、歴史的変遷があるのだそうです。

つづく

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