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ポルトガルの音楽に登場するSaudade (サウダーデ)という感情

ポルトガルの音楽や文学が取り扱う感情に、サウダーデと言うものがあり、日本語では「憧れ」などと翻訳されます。

ウィキペディアによれば、サウダーデとは、「最愛でありながら不在の何かまたは誰かに対する憂鬱または深くノスタルジックな憧れの感情状態」と定義されています。また、「二度と憧れの対象に出会うことはないかもしれないという抑圧された理解」「とらえどころのない感情、経験、場所、または出来事の回想であり、かつて引き起こした刺激的、楽しい、または楽しい感覚からの分離感」「誰かや何かがいないこと、場所や物から離れること、またはかつて生きた特定の望ましい経験や喜びの欠如による窮乏の状況を振り返ること」「見逃している不在のもの(愛する人、友人、祖国、神秘的で超越的なものまでを含む)への憧れによって引き起こされる親密な感情と気分」などの説明も見られます。

どうやら、最愛の人やものと遠く離れてしまったことにより引き起こされる様々な感情がサウダーデのようです。

前回、日本の演歌を聞いているとポルトガルのファドの音楽を思い出すと書きましたが、演歌でも愛する人との別れや故郷から遠く離れた感覚などがテーマになることが多いので、通じるところがありそうです。

ポルトガルでサウダーデという言葉は、13世紀から14世紀の詩に登場しはじめますが、15世紀から始まる大航海時代との関連で説明されることがあるそうです。この時代、アジアへの航路を発見して急激に世界帝国となったポルトガルは、アフリカからインド、東南アジア、中国、南米ブラジル等の各地に拠点を築き、働ける世代のポルトガル人男性はこぞって兵士や官僚や商人や冒険家などとして未知の海への旅に出発し、それでもポルトガルは常に人材不足に悩み、その結果16世紀になるとポルトガルの人口は100万人ないし200万人に激減してしまったそうです。海に出て行った若い男性の多くは、しばしば難破船で行方不明になり、戦闘で亡くなったり、病死したりと、多くの人が戻ることなく、国内に残された人々(老人や女性や子供たち)は愛する人の不在感にさいなまれ続け、ポルトガル国内にサウダージの感情が行きわたっているという、国は富んで豊かになったのに感情的には非常に満たされない状態になったようです。

やがて大航海時代が終わってポルトガルが衰退期に入り、20世紀には南北アメリカやヨーロッパ各地にポルトガル人が移民するようになると、サウダーデは失われた祖国への憧れとも結びつくようになります。

こうしてサウダーデは、「絶え間ない不在感、何かが欠けているという悲しみ、完全さや全体性への切ない憧れ、今は過ぎ去ったものの復活への憧れ、不在ではなく存在への欲求」としてポルトガル人の生き方を現わす言葉になっていったのだとか。

こうしたサウダーデの説明を胸にもう一度ファドを聞いてみると、また深く感じるところがあるでしょうか。

 

 

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