あれこれいろいろ

楽器の擬音語1 (楽器のオノマトペ) 室町時代の狂言歌謡

楽器の擬音語が文献上登場し始めるのは室町時代からだそうです。それ以前の時代には、古事記と日本書記に和琴と音を「さやさや」と表現する例が一回だけあるのですが、これが楽器の擬音語と言えるのか少々疑問もあり、その後奈良・平安・鎌倉時代になると、楽器の擬音語表現は今のところひとつも見つからず、という状況。

そして室町時代になると、狂言歌謡に擬音語が次のように長々と登場します。

一の瀬殿は正体ない人で。え踊らぬわれに踊れとおっしゃる。踊りて振りを見せまゐらせうまゐらせう。くゎんこくゎんこくゎんこや、てれつくにてれつくに、したんに、たたんに、たっぽぽ、たっぽぽ、たっぽたっぽたっぽぽ、えいはらにはらに、えいきりにきりに、からりちんに、ひゆやにゆやに、ちゃうららに、ひゆやに、ついやついや、ついやろに、ちゃうららに、ひっ。( 「狂言歌謡」小舞「一の瀬」 『中世近世歌謡集』大系)

こんなに長く擬音語を並べるのは、現代の文章にはあまり見られない感覚です。そして、「楽器の音って、こんなふうに聞こえるかな?」 という疑問を感じた方もいらっしゃることでしょう。

この狂言歌謡の意味は、こんなふうに解釈ができるそうです。☟

一の瀬殿は、 酒で正気を失って、 踊れない私に踊れとおっしゃる。踊ってそれらしく見せしましょう、見せしましょう。歓呼歓呼歓呼や(囃子言葉)、「てれつく」に「てれつく」に(太鼓の音)、「したん」に「たたん」に(大つづみの音)、「たっぽぽ、たっぽぽ、たっぽたっぽたっぽぽ」(小つづみの音)、えいはらにはらに えいきりにきりに(囃子言葉)、「からりちん」に(鉦の音)、「ひゆや」に「ゆや」に「ちゃうらら」に「ひゆや」に「ついや、ついや、ついやろ」に「ちゃうらら」に「ひっ」(笛の音)

こんなにも多彩な音表現は一体どこから生まれてきたのでしょうか。

その答えは、前回紹介した「唱歌(しょうが)」にあるそうです。唱歌は楽器の奏法を擬音語の表現に対応させて覚える楽器学習法です。この狂言歌謡の擬音語は、単に音の聞こえ方を表現しているだけでなく、楽器の奏法の情報も内包しており、だからこそこんなにも多彩で、時には現実の聞こえ方を超える表現が生まれてくるわけです。

楽器の奏法の情報がこの擬音語に入っているということは、楽器の視覚情報や体感情報も内在しているわけですから、唱歌の理解を背景に狂言歌謡を聴いた室町時代の人は、聴覚・視覚・体感が合わさったような一層立体的で躍動感のある音として狂言歌謡を楽しめたのかもしれません。それはもしかしたら現代の日本人が忘れてしまった感性なのかもしれません。

参考文献・楽器の音を写す擬音語 山口仲美 埼玉大学紀要 第52巻2号2017年

 

RELATED POST