文字のない文化では、歌唱は長期記録の媒体となります。
オーストラリアのアボリジニは、一部4万年もさかのぼる説話を持ち、その説話をリズムと旋律と踊りとともに吟唱し、一字一音も変えることなく伝承しているそうです。
「大地の歌」とも呼ばれるアボリジニの一連の歌は、オーストラリア各地で祖先がドリームタイム(天地創造の時)に為したことを記録し、アボリジニと土地との関係性(音楽的な巡礼の旅)を明らかにし、約260の部族の間の境界も定めていました。
1992年、オーストラリア最高裁が、この「大地の歌」を根拠に、アボリジニの土地に対する権利を認める判決を出し、Mabo判決と呼ばれています。大地の歌を、「歌われる土地登記簿」、「法源」として認め、先住民の土地に対する権利を承認するという画期的な判決です。植民地時代の歴史を見直す歴史的な判決と言われています。
歌唱が公的文書と同等の効力を持つというのは、現代文明ではとても珍しいことに聞こえますが、文字のない文化の中ではあたりまえのことかもしれません。民族のあらゆる記録は、言葉と歌と踊り(それからおそらく絵も)の形でとどめられるのですから、それが法規範性を持つのは必然のことだったでしょう。
特に民族にとって大事な根本規範を含む物語ほど、旋律とリズムがついて音楽化されて伝承されたでしょうから、音楽は社会を成立させる根源として機能したのではないでしょうか。