以前、複弦のメリットに関するこんな内容の音響工学の研究を紹介しました。
「弦と響板が結合している場合、複弦の方が単弦より振動の減衰が遅くなり、余韻音が残る。この時、2本あるいは3本の複弦の間で、全く同じ条件に調律するとこの特性が失われるが、わずかなずれを与えると減衰がゆるやかになる。現在のようにチューニングメーターという便利な道具もない時代に、強度の低い材料を用いたため、複数の弦を全く同一条件に張ることはほとんど不可能で、わずかなずれは必然的に生じていたものと思われる」
要するに、ユニゾンで同じ音に調律しようとしてもどうしても微妙に音程がずれるため、音が長く伸びる効果がでるというのです。しかし、音程がずれるから複弦はいい、という理由付けには、正直なんとなくモヤモヤしていました。
そこで少し視点を変えてみまして、音程の問題ではなく、テンションの問題としてとらえなおしてみました。上の実験で音程を微妙に変えたということは、同時にテンションも変わっているはずだからです。音程がずれている場合は、ふたつの音の波形は左右方向にずれるわけですが、音程が同じでテンションが異なる二本の弦の場合は、音の波形は縦方向にずれて異なる振幅幅の波が重なるように思われます。このときに縦の振幅が影響し合い、音量増大と余韻の延長という現象が起きるのではないか、と考えてみたわけです。
そこで簡単な実験をひとつ。
わずかに異なる太さの二本の弦をユニゾンで張ってみました。いつも張る太さの弦とそれより0.02mm細い弦を組み合わせて張ってみて、音程をチューナーでできる限りぴったりにします。こうすれば、音程は同じなのにテンションがわずかに異なる複弦構成ができあがります。
結果としては、確かに音が大きく、余韻も長くなると、私の体験的評価に過ぎませんが、わりとはっきり感じられました。そして、音質は若干雑味がある、少しジャラついた感じになった印象を受けました。清酒から濁り酒になって、風味が強くなった…というのは比ゆ的な表現ですが、そこがかえって古楽器的な味わいかもとも思いました。
考えてみれば、数百年前のガット弦というのは、現代ほど弦の太さの規格が統一されていなかったとすると、弦の一本一本の太さにばらつきがあり、この実験と同じく、テンションが微妙に異なるというのは普通の状態だったかもと思えます。
とりあえず主観的評価止まりの実験でしたが、二本の弦の太さを微妙に変えるという複弦の張り方はあり得るなと感じたしだいです。