楽器の歴史は、「〇〇という楽器は500年前の□□という楽器の系統」、というように一本のシンプルな流れのように書かれることが多いですが、実際は各地域各時代の楽器が複雑に影響し合い、様々なバリエーションが生まれていて、結構混沌と入り組んでいます。
この混沌を「〇〇は□□の系統」とシンプルに分類整理するのが歴史研究の役割とは言え、省かれて書かれなった事実はたくさんあります。そんな傍流に押しやられた書かれなかった小さい歴史が惜しいとよく思うのです。
どんな小さな歴史も捨てない歴史学ということで、歴史を物語的に記述するのでなく、確率的に記述する方法もあり得るかもと思います。細かい歴史事実の蓄積を基礎データに、例えばある楽器の形がある時代に既に存在した確率は40%とか、アフリカのある楽器と中東のある楽器が進化的に繋がっている確率は70%、などというように、問に対する答えとして歴史的事実の存在確率を推計することができれば、あらゆる歴史事実は基礎データとしてひとつも捨てられることなく、問に対する答えという形でその都度思考が整理されて提示されます。
まあそんなシステムがそう簡単にできるわけではないかもしれませんが、現在のデータシステムの進歩は想像を超えているので、案外不可能でもないかもしれません。
そうすると、歴史が、あるかないかの二者択一でなく、確率という程度のある問題になってきて、様々な可能性が過去にも開かれて来るので、過去というものが創造的な色彩を帯びてくるかもしれません。こんな形態の楽器が存在した可能性は30%くらいあるということで実験的に試作して演奏するなどというように、古楽に可能性の幅が出てきそうです。
確率が高ければ古楽の復興で、確率が低いものは新しい音楽の創造につながり、未来と過去が可能性というワードで繋がりそうな気もします。