養蚕の手順を詳細に再現して唄うという、群馬県、新潟県、長野県付近の春駒の内容を昨日書きましたが、それに類似する内容が、愛知県北東部(奥三河)の鳳来寺、黒沢、田峯の三か所の田楽(三河三田楽と言われる)に見られるそうです。これらは非常に古い歴史を持ち、中でも黒沢の田楽は平安時代中期から続いていると伝承されています。ちなみに魏志倭人伝には邪馬台国で養蚕が行われていたと記されていて、日本の養蚕の歴史は卑弥呼の時代までさかのぼります。
また、静岡県の田遊や、福井県の田遊の中にも、養蚕に関する類似の発想が見られるそうです。
年中行事辞典(東京堂出版)によれば、田楽とは「もと豊年予祝の目的で行われた田遊が芸能化して、やがて田を離れて演じられるようになったもの」で、田遊とは「主として正月、その年の豊作を予祝するために田の耕作から収穫までのさまを模範的に演じて見せる神事芸能をいう」と説明されています。
稲作の手順を演技する田遊は日本各地にあり、田起こしから始まり、苗代作、種まき、田植え、鳥追い、稲刈り、俵詰めなどの過程を模範的に演じて一年の予祝を行うわけですが、農事の一種として養蚕に関する田遊や田楽も生まれて、そこから旅芸人による門付芸の春駒も生まれてきたというのが、春駒の起源と言ってよいようです。
福島県の田遊の例↓
冒頭の写真は、洛中洛外図(室町時代から江戸時代)に描かれた芸人
参考・旅芸人のフォークロア 川元祥一著
・ウイキペディア ほか