あれこれいろいろ

儒学者太宰春台の三味線評がとりつくしまもないの件 淫楽という考え方

江戸時代も元禄のころには、三味線の習い事が全国的に流行し、武士から百姓まで三味線に夢中になっている人がたくさんいたことを前々回書きましたが、このような風潮に批判的な意見も多く、当時の儒学者太宰春臺(1680年~1747年)は、三味線とその音楽について次のように評しています。

三線(三味線)は、作りが琵琶に似ているが琵琶よりも形状がとりわけ卑しく、これを弾く心情も極めて醜い、寛文延寳時代より前は、曲調が多少筑紫箏にも似て、俗な調子ではあっても良いところがあったが、最近は調子が浮わついて、手法はひどく煩雑で、歌詞は野卑で、演奏はせわしなく迫って節度がなく、はなはだ淫らな音楽である、その音が鳴れば、人は淫らな心を引き起こし、身勝手かつ不正な考えでおごりたかぶるようになる、三味線の害を言えばきりがない。

「三線ハ其製琵琶ニ似テ琵琶ニ比スレバ形状殊ニ卑シク,是ヲ弾スル情モ亦極メテ醜ナリ,寛文延寳以前ハ,其曲調少シク筑紫箏ニ類シ,俗調トイヘ共ナホ取ルベキモノアリ,近來ハ調子高ク浮動シ,手法煩 ヲ極メ,歌詞野卑ニシテ,節度迫急ナリ,淫聲ノ甚シキ者トイフベシ,此聲纔ニ發スレバ チ人ノ淫心ヲ喚起シ,放辟邪侈ナルニ至ラシム,其害勝テ道フベカラズ」

という酷評ぶり。取り付くしまもないという感じです。

この太宰春臺は、当時の様々な音楽を詳細に比較研究して、「礼楽」の儒教的価値観で整理し、正しい音楽である「雅楽」と間違った音楽である「淫楽」に当てはめていった結果、三味線は淫楽の中でも最低ランクという結論になったようです。

その儒教目線では、三味線の形状までが「殊ニ卑シク」見えてくるというところがなんだか妙におもしろい…というと語弊がありますが、非常に人間っぽいなあと思ったりもします。

間違った音楽という発想について、人類の歴史を振り返り見ると、例えば16世紀スペインではレコンキスタ後にイスラム的音楽が異教の音楽として急速に排斥され、同じころ日本では宣教師が持ち込んだ西洋音楽が禁教令以後排斥され、カトリック内でもトリエント公会議以降様々な音楽的工夫が排斥され、新大陸では先住民音楽が野蛮人の音楽として排斥され、明治日本では西洋化を急ぐ中で日本の古い音楽が排斥され、その頃ハワイでは古典的フラが禁止され、と「間違った音楽」「正しくない音楽」「淫楽」「異端音楽」「野蛮な音楽」等の名目で人々に愛されてきた音楽が消去の対象とされてきました。

「間違った音楽」「正しくない音楽」という考え方が音楽に猛威をふるい続けてきた歴史は強く意識しておく必要があるように思います。「間違った音楽」という概念は、どのようなときに、どのような条件で生まれてくるのでしょうか。