昨日の続き
長崎大学の勝俣隆氏の研究報告「大樹伝説と琴」では、「宇宙樹(世界樹)=大樹=琴」という流れで、古代日本で琴が聖化され天上の神の降臨を召喚する呪具とされたという結論が導かれています。
宇宙樹cosmic tree(世界樹 world tree)は世界各地の神話に見られ、北欧の古代神話エッダ、古代インドのウパニシャド哲学、アステカ神話、シベリアのシャーマニズムの神話、中国の神話、イスラムの神話、チモール島後に族の柱の話など、世界中の話に登場する概念です。
ミルチャ・エリアーデは、宇宙樹(世界樹)は大きく三つの性格を有するとして、①世界の中心に位置すること、②天上世界・地上世界・地下世界の三つの宇宙領域を連結すること、③世界の神聖性・豊穣性・永続性を現わすこと、の三つの基本性格に分析しました。
昨日紹介した古事記の仁徳天皇の条と日本書記の応神天皇の条に出てくる「枯野船」の話では、「大樹・船(枯野)・塩・燃えなかった木・琴・天皇・由良の門の海石のなづの木」などが共通ワードとして登場してきますが、これを宇宙樹の三つ性格に当てはめてみると、大樹=宇宙樹、枯野船=領域を連結するもの、塩=神聖性と豊饒性、燃えなかった木=永続性、天皇=中心性と神聖性、由良の門の海石のなづの木=地下世界(海)への連結、という対応関係のように見え、宇宙樹(世界樹)の基本性格を表現しているように思えます。
というわけで、古代日本で琴が天の神を召喚する聖なる呪具とされた理由は、確かに宇宙樹の概念と関係がありそうです。
この時代の琴は、埴輪にもある「和琴」と考えられますが、平安時代になると、「きんのこと」(琴)、「そうのこと」(筝)、「びはのこと」(琵琶)という語がそれぞれ登場し、弦楽器は全部「コト」に統合されています。そうすると、平安時代ころの日本では、弦楽器全体を通じて聖なる呪具としての性格を具有していたという可能性もありそうです。