AIと音楽

AIと音楽家が一緒に100曲作ったら、何が起こるだろう?

無料のチャットGPTに、「チェンバロに合う曲の楽譜を作って」という指示をして出来上がった楽譜を、プロのチェンバロ奏者がその場で演奏し、曲の完成度をプロ目線で評価するという試みの動画を見ました。

【検証】音楽家でも見抜けない?AIにバッハ風の曲を作らせてみた!

評価結果をざっくり言うと、「チェンバロっぽいとは言えるが、それっぽい音が並んでいるだけで、地域や時代や作曲家が確立してきた様式美が見当たらない。記譜法も意味不明な点が多数。過去の様式をAIが学ぶのは現状無理らしい。プロの仕事がAIに脅かされているとは言えない。ただ、AIによって、過去と別の、新しい表現につなげる可能性はある」というものでした。

2026年の段階で、一回の簡潔な指示で無料AIがなし得ることがひとつ確認されたと言えるでしょう。特に、演奏も含めた音楽そのものの生成ではなく、楽譜の生成を指示したというところが、曲の生成に人間がより多く関与するやり方として、新しい魅力があると思いました。

この実験を基礎に、次のレベルの実験としては、次のようなことが考えられるのではないでしょうか。AIは、アマチュアが使うよりも、その分野の専門家が使う方が、はるかに高度な使い方ができると言われているので、プロ目線での実験はとても有意義なように思います。

1 AI単独の楽譜生成能力を測る

・無課金のチャットGPTは限界が大きいので、ハイレベルなAIの能力を試すこと。(AIは種類によって得意不得意分野がかなり異なり、また同じAIの内部でも数段階のレベル設定があります。これらの選択の段階でいくつかの選択肢があり、実験結果が大きく異なる可能性があります)

・かなり前のめりな実験ですが、古楽あるいはチェンバロ曲の作曲に最適化されたソフトを自分でコーディングで生成して使用して、出力結果を見るという実験もありえます。(実験に最適化された道具を、AIを使って誰もが自分で作れる時代が来ていて、長い目で見ると、そういうことがどんどん一般化していくように思います。楽譜を正確に書く能力のあるソフト、歴史的様式に適合した音楽を構成する能力のあるソフト、聴き手に新しい感動を与える音楽を創造する能力のあるソフトなど、様々なソフトを作ることが考えられるます)

2 歴史的様式美を再現する

・実験対象として過去の様式美を特定し、AIにその様式美の特徴を調査させてから、それに沿った楽譜の生成を再指示する実験。(AIには必要な知識や技術を調査する能力があり、それを人間が言語で明確化したうえで、楽譜を再生成すると、結果が大きく異なってくる可能性があります)

・最初の指示で生成された一回目の楽譜をもとに、AIと専門家の間で対話を繰り返し、「この部分の装飾音が時代に適合していない」「この部分の構造が不十分である」などの点について、再調査と指示を複数回繰り返して、出力結果の変化を見る実験。(AIの大きな強みは人間との対話が可能なことで、何回でも修正し、大幅な方向転換も厭いません。AIは対話が不可欠な道具とも言えます)

3 創造性を導入する

・対話の末に楽譜が一応の完成形に到達したら、そこにどのくらい新規性や創造性を導入するかを試みる実験。単に様式に矛盾の無い楽譜を完成させただけでは、そこに面白みや生命感は欠けているかもしれません。そこで、ここまで生成してきた楽譜の一部を壊したり、ある面を強調したり、ある面を省いたりという様々な可能性を専門家目線で見極めて、それを楽譜に導入します。このとき、新規性の導入をAIに投げることも可能でしょうし、具体的な記譜内容を人が指示することも可能でしょう。新規性の導入にどの程度AIを使うかの選択の幅はかなり広いです。

・以上のような、「一回目の自由生成→様式の調査→専門家との対話→様式美の再現」という対話の円環をぐるぐる回していくと、AIと専門家の共同作業の過程で、知識や修正方針が対話の履歴や記録として蓄積され、それをAIが参照することで、二曲目以降の作曲に生かせる可能性があります。その結果、二曲目は、一曲目より素早くレベルの上がった曲を作るかもしれません。三曲目、四曲目と、さらに何度も円環を回していき、出力の習熟度変化を専門家目線で実験し、どの段階でどのような変化があるのか複数の指標を見るという実験もありえます。

・こうして何曲もぐるぐる作っていくと、AIが専門家の指示を蓄積した結果、指示を先取りしたような曲を作ってくる可能性が高まります。似たような曲を量産したい場合は便利ですが、そうでなければ面白みがなくなって、同じことを繰り返す閉塞感が感じられたりすることがあります。そこで、今度は、その閉塞感をどう打破して、創造性豊かな曲作りに繋げていくかを実験してほしいと思います。たとえばAIに「同じことばかりしないで、新規な曲にして」と抽象的に指示するだけでも、AIは何かを変化させてきますが、すると「様式美がなくなった」という最初の問題が再浮上するかもしれません。そうならないように、どう具体的に指示していくのかは、専門家の知識経験を総動員した工夫に大きくかかってきて、人間の創造性とAIの能力の関係性が一層クローズアップされてきそうです。

4 人間とAIの相互変化を観察する

・このような過程を繰り返しているうちに、AIが作っているのか、人間が作っているのか、判然と決めかねるような感覚になってくるかもしれません。AIと人間の競争関係から共創関係に入ったような感じになったら、この段階の実験として、作る音楽の傾向がAIを使わなかったときと比べて変化したのか、変化しないのか、AIを使うことのトータルなメリットと危険性、社会と音楽の関わりは変わるのか、という社会文化論的な感想を是非聞きたいです。

・人間との共創関係の中で、AIは変化していきますが、おそらく人間も大きく変化します。AIとの対話の中で、AIが様々な提案を出してくると、そこにはその専門家の個性や経験からは思いつかない案が含まれ、新しいアイデアの源泉になる可能性はあります。AIのたくさんの提示から、可能性を発見し、価値を判断し、作品として結実させる新たな役割と能力が人間に生まれてくるかしもれません。しかし他方、様々な提案にいつのまにか人間の発想が拘束され、自分の中から内発的に出てくる作曲能力が枯渇してくる危険は十分にあります。自分の中から音楽を作る能力や、自分の人生経験や創意工夫や情熱の結晶として音楽が湧き出してくるという経験も減っていくかもしれません。また音楽家を育てるプロセスが衰退し、長い目で見て、音楽という文化全体が枯死していく危険もあり得ますし、他方、今まで音楽を作るなど自分の能力外と決め込んでいた人が、音楽を作ることに目覚めて能力を広げていくことも起こるでしょう。そのような、AIを利用して音楽を作ることによって、人間の音楽能力が衰退するのか、新しい能力や可能性が開けてくるのか、その得失の全体像について、専門家目線からの評価を聞きたいところです。

・大規模言語モデル(large language model)の対話の場合、言語でどこまで音楽を指示できるのかという根本的な問題があります。特に繊細な感情表現を大事にするような音楽の場合、言語の指示で伝えられることには限りがあります。その場合、実際に二通りの演奏をして、録音をAIに聞かせることで、AIに意図を伝えるなどの別の対話方法もありえます。AIと人間の伝達手段をいろいろ試みたうえで、どうしても伝えられない限界があると思われるとき、AIと人間の適切な役割分担を考える必要も出てくるでしょう。ここまではAIに任せるが、ここは人間がなすべき部分という区別について、専門家がAIを使ってたくさんの曲を作った末に見えてくる境界線を教えてほしいと思います。

5 時間経過による進歩を検証する

・そして最後に、AIは進化の度合いが加速度的なので、半年後、一年後の能力の変化を測定する実験も興味があります。

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