(ルネサンスギターとは)
ルネサンスギターとは、16世紀頃を最盛期としてヨーロッパで広く弾かれた複弦の4コースギターです。当時の現存しているルネサンスギターはありませんが、絵画、楽譜、文学、歴史資料などから、当時の流行の様子を知ることができます。おそらく15世紀から18世紀ころまで弾かれていたと考えられます。
(呼び名)
ヨーロッパのルネサンス時代に盛期を迎えたことからルネサンスギターと一般に呼ばれていますが、単に4コースギターと言うこともあります。当時の呼び名は、国や地域によって様々で、例えば、guitarra(ギタラ), guitarrilla(ギターリラ), chitara(チタラ), guiterre(ギテール)、vihuela de cuatro órdenes(4オーダーのビウエラの意味)、vihuela pequeña(小さいビウエラ)など、他にもいろいろな呼び方がありました。
(起源)
起源は必ずしも明確ではありませんが、スペイン付近を中心に15世紀には存在していたと思われます。当時のスペインにはルネサンスギターとヴィウエラ(6コースの複弦ギター)とリュートが併存していましたが、レコンキスタでキリスト教徒がイスラム王朝をイベリア半島から追放すると、イスラム的とみなされたリュートが徐々に排除されていき、ルネサンスギターとヴィウエラがより広く親しまれる流れになったようです。そしてスペイン付近では、従来のリュート曲をそのまま弾けたヴィウエラが上流階級を中心に親しまれ、より簡易なルネサンスギターが庶民層を中心に親しまれる傾向になったようです。
(形状)
楽器の大きさは、現代ギターより小ぶりですが、それでもかなりの大きさのものからウクレレくらいの小さなものまで、様々であったようです。ボディは細身で薄身のものが多く、ホールは幾何学模様のバラ飾りで覆われます。指板がボディ表面から持ち上がっておらず響板からひとつながりの平面であることも特徴で、ブリッジにはサドルがなく弦はブリッジに直接結びつけます。また金属フレットでなく、ガットをネックに回して結びつけるガットフレットです(ただし、一十舎ではメンテナンスが容易なように釣り糸を使っています)。ガットフレットは、指でずらして自分で位置を微調整することが可能です。
(弦の構成)
ルネサンスギターには、弦数が7本のものと8本のものがあり、これらを4つのコースに振り分け、楽器を腕に持った姿勢で上から見て順にGCEA(ソドミラ)に調弦するのが一般です。つまり、現在のウクレレと同じ調弦なので、現代人には大変弾馴染みやすい古楽器です。
弦が8本のものは4つのコース全部が複弦で、弦が7本のものは一番下の1コース(Aの弦)のみを単弦とします。
複弦の張り方は第1コースから第3コースまではユニゾン、第4コースはオクターブとするのが一般です。つまり第4コースは、ウクレレ流に言えば、High-GとLow-Gが同時に張ってある状態です。
(弦の種類)
伝統的に羊の腸から作ったガット弦を使用しますが、現代では、ナイルガット弦(素材はナイロンだが比重をガットに近づけたもの)やフロロカーボンの釣り糸を使用することが多いです。ガット弦は本来の音色を楽しめますが、耐久性がやや低く切れやすいこと、基本的に海外から仕入れる手間と費用がかかることなどが難点です。ナイルガット弦は、耐久性があり音色もガット弦に近いですが、これもやはり海外からの仕入れが基本になる点は同じです。フロロカーボンの釣り糸は、入手が簡単で、安価で、よく鳴り、耐久性も十分ですが、ガットに比べると若干金属的な感じの音になり、弦が細めで指のあたりが少し硬い感じになります。
(楽譜・絵画や彫刻・文学)
現在残存している楽譜は、ルネサンスギター用のものが10冊、ビウエラやリュートの楽譜の一部にルネサンスギター曲が載っているものが4冊あります。内訳は、フランスが9冊(Le Roy & Ballard のものが5冊、Guillaume Morlaye が4冊)、スペイン2冊、イタリア2冊、オランダ1冊(これはフランスのLe Roy & Ballardのものの再録が中心)です。
ルネサンスギターが出てくる当時の絵や彫刻は、スペイン、ポルトガル、イタリア、フランス、ドイツ、ベルギー、南米ペルーのものなどがあります。
文学では、16世紀スペイン文学にルネサンスギターが登場するものが相当数あり、特にドン・キホーテの著者セルバンテスの諸作品には頻繁に登場し、セルバンテス自身、ルネサンスギターのかなりの弾き手であっただろうと言われています(ヴィウエラも弾けたようです)。
スペインのアンダルシア教育連盟から出ている資料ではルネサンスギターをこのように紹介しています。「ギタリラ(ルネサンスギター)は、民衆のため、普通の人たちのために作られた楽器であった。……それは、声の伴奏に使われ、簡単な和音で、どんな時でも、どんな人間の感情でも呼び起こすことができた。それは、もうひとつの家の道具だった。「En mi aposento una guitarrilla tomo…” (私の部屋にはギタリラがある…)というように。 通りすがりの人のバッグの中にも、どんな人のバッグにも、音楽家や従者のバッグの中に入っていて、いつもそこにあって、いつでも、誰でも自由にそれを奏でる勇気のある人は利用できた。「そして、野蛮人のように私は演奏する…」、元気づけるために。憧れるように、思い出すように。」
(どのように演奏されていたか)
スペインの文学や資料からは、誰でも(床屋、騎士の従者、馬上の少年、窓下で女性にセレナーデを歌う者、吟遊詩人、ジャグラーなど)が簡単に弾けて、ラスゲアード奏法でジャカジャカとかき鳴らし、弾いて歌って踊って…という庶民的で活発な楽器としての姿が見えます。スペインの床屋にはルネサンスギターが備えられ、客はそれを弾いて待つという姿もあったようです。
他方、フランス中心に残っている楽譜からは、音楽性を高めてポリフォニックな魅力を重視する演奏の様子が浮かびあがります。こちらは印刷物を入手できる比較的知識階級の人々の需要をより強く反映しているのかしもれません。
(ルネサンスギターの地域的歴史的広がり)
様々な絵画や楽譜を見ると、スペイン、ポルトガル、イタリア、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、イギリスなど、ヨーロッパ全体に分布していたことがわかります。時系列的には、その後に出てくるバロックギター(5コース)、19世紀ギター(6コース)、現代ギター(6単弦)等のギターの進化全体の原点にある楽器のひとつと言えます。
また16世紀以降のポルトガルとスペインの大航海時代に、相当数のルネサンスギターが中南米や付近の島しょ部に渡っています。ルネサンスギターが、ヴィウエラとともに、直接間接に影響を与えた可能性がある楽器がいろいろあります。そのような例をいくつか挙げると、ブラジルやポルトガルのカヴァキーニョ(カヴァコ)、メキシコのハラナ、マデイラ島のブラギーニャ、カナリア諸島のティンプレ、アンデスのチャランゴ、ベネズエラやプエルトリコのクアトロ、コロンビアのティプレ、ハワイのウクレレ、インドネシアのクロンチョンギターなどがあります。
(ルネサンスギターから小型化の流れの推測)
上記の世界各地の楽器の中には、非常に小型のハンディなギターが多く見られます。カヴァキーニョ、ティンプレ、クアトロ、チャランゴ、ウクレレなどです。持ち歩きと収納が容易で、演奏も簡単な小型ギターが各地に残っていることは、大航海時代以降に地球規模の移動が急拡大したことと関連があるかもしれません。帆船に収納できる大きさと形で、行く先々で負担なく持ち歩け、娯楽の少ない植民環境に音楽を導入しやすいものとして、小型楽器の需要が拡大し、その結果新大陸や島しょ部に民族楽器として各種小型ギターが根付いたのかもしれません。そのような小型化の原点になったものは、庶民的で簡単な楽器としてスペイン付近に広がっていたルネサンスギターである可能性は高いと思います。
(一十舎のルネサンスギターのデモ演奏をいくつか)