前々回の記事で、AIが、音楽の分析に関して得意とすることについて書きました。では、反対に、AIが不得意とすることはあるのでしょうか。
AIは、規則性がないことや人の感情にかかわることがらについては不得意であるように考えられがちですが、必ずしもそうとは言えず、最近は、不協和音や即興演奏や現代音楽などに見られる規則性からの意図的な逸脱とか、感情に関する分析にも、かなり高度な力を発揮します。
しかし、次のような点については、AIの本質として、今のところ不得意なのだそうです。
1. その時その場だけで生まれる感情を捉えること
一瞬の音楽の微細な変化を捉えることはAIにも可能だが、その瞬間だけに生まれる切実性、身体感覚、感情の理解が難しい。
2. 美しい破綻と単なる失敗を区別すること
不協和音やリズムのずれや音の揺れなど、一見崩れているがゆえの美しさについても、AIはそれなりに分析することが可能であるが、その必然性を評価できない。同じ現象がある人に感動をもたらし、ある人には不快をもたらすこと、ある文化で美とされ、他の文化で醜とされる必然性を説明できない。
3. まだ価値が認められていない音楽を評価すること
当初は奇妙、醜い、騒々しいと受け取られながら、後世に大きな価値を認められた音楽があるような、その様式の変遷をAIは分析することができるが、これから生まれてくる新しい価値基準の音楽については、AIが評価することは難しい。
4. 身体の限界から生まれる表現を理解すること
身体の限界ゆえに生まれる声の震えや音程の変化、身体限界ぎりぎりの演奏の難易度など、身体制約と格闘することから生まれる感動を、AIは経験的に理解することが難しい。
5. 聴き手一人ひとりの人生と結びつく意味を理解すること
ある人が、何の変哲もない古い歌や、初心者の下手な演奏などを聴いて、何かの思い出に触れて涙したとき、その感動は音楽と聞き手の人生の交錯から生まれているため、人生についてのデータがないAIには、感動の意味を捉え難い。
6. 音楽の価値を決めることそのもの
どのような音楽を美しいと感じるか、人間の価値は常に変化している。音楽の価値は、音楽の中に固定されておらず、聴き手の属する文化と人生との交錯から生まれてくるため、音楽の価値をAIが決めることは難しい。
さて、これらのAIの不得意分野を読んでどのように感じられたでしょうか。私は、「肉体の有無」が、根底にあるように思えました。
人間はAIが持たない肉体を持ち、肉体が個々であるためそれぞれが異なる人生を生き、肉体の存在する場所で異なる文化を形成し、肉体の人生が時間軸の中で常に変化していく性質がある、しかしAIには肉体がなく、それらを経験的に理解し評価することができない、そういうことなのかなと感じました。AIを考えるとき、必然的に人間を考えることに繋がります。
最後に蛇足。冒頭の絵のタイトルは、名付けて「Windows」。パソコンのウインドウにある情報と、その向こうにあるたくさんのウインドウにある生身の人たちの情報と、その情報のちがいを表現した力作。と言っても、これもAIを使ってAIと私の共作ですけど!
